26
能面


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

野良狗という、面の男は野太刀を受け取った。
面は当然口元を動かすわけではない。
それでも、この面は生きているように見える。
ヤジマはそんなことを考える。

「野良狗さん、聞きたいことがある」
ヤジマが尋ねる。
「あんたがしゃべっているのかい?それとも」
「それとも、なにかな」
「狗の面がしゃべっているのかい?」
野良狗はしばし考えた。
そして、話し出す。

「ここは面が言葉を紡ぐ町」
「それは、お面が意思をもって話しているのですか?」
キタザワが割り込む。
「話しているのは、面。そして、肉体は…ある目的のためだけに、ある」
「目的?」
キタザワがききかえしたその時、
ヤジマは気配を感じた。
殺気。

月が見えにくい路地裏のそこ、上から、
何者かが、殺気を持って、上から。

ヤジマとキタザワは、かわす。
野良狗を狙った影が、
暗い中、見えているのか、武器を構えているらしいのが、
少ない月明りでかすかに見える。

「面は、戦うために肉体を選ぶ」
野良狗がしゃべる。
「ここは面が話す町、面が戦う町なのだよ」

野良狗と、別の気配が対峙している。
月明かりは薄く、
ここで人でないものがいたとしても、わかりにくいと思わせた。
面をつけている野良狗は、
人なのか。
それとも面なのか。
能面の一種のような、彫られた面は、
表情薄く、存在すらあいまいで。

闇が動いた。
野良狗も動く。
面が戦う。
月明かりの届かぬそこで。


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