27
記号


羅刹は白い町を歩く。
優しい白だなと羅刹は思う。
傷のない白。
羅刹はそんなことを思う。
相変わらず声も言葉も聞こえない。
特に会話する理由もないけれど、
この町の住人は、
どうやって意思の疎通をしているのだろう。
それとも、意思の疎通などいらないのだろうか。
羅刹は少しだけ疑問に思った。

羅刹が町を歩くと、
白い町の白い住人が、向かい合って立っていた。
会話かなと思ったが、
言葉が何一つ出てこない。
声の代わりに感じるのは、
記号のような音。
多分、もっとも原始的な意思疎通の音。
音楽よりもはるか昔の音。
記号のようなその音は、
穏やかに、住人の間を流れる。
言葉のない町の、会話にもならない会話。
彼らは記号で意思を伝えている。

羅刹は、これは自分には無理だなと思う。
羅刹はしゃべる方ではないけれど、
この記号を使いこなすのは無理だ。
彼等に吹き出しがあれば、
未知の記号で表現されている音。
ここには言葉がない。
それは、と、羅刹は思う。
人をつなぎとめる言葉がなく、
人を傷つける言葉もなく、
怒りも喜びも悲しみも、
言葉でなく記号で。
すべては記号なのだ。ここでは。
町には文字一つない。
看板を見つけると、
記号で何かを表現しているらしいものを見つける。
ただ、その記号の意味を羅刹はわからない。
町の姿をしているけれど、
ここは、言葉を持たない町だ。

優しい白で包まれた町。
言葉を知っている羅刹はここでも異質だった。


続き

前へ


戻る