32
御伽噺


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

大盛り上がりのサーカス。
テントの中で演じるものも観客も、
一体となった大興奮。
それは最高の出し物。
すべてがクライマックス。
言葉を尽くしてもこの感覚を伝えるのは難しい。
螺子師は感動の前にしばし言葉を忘れた。

やがてサーカスが終わり、
名残惜しくも観客は帰っていく。
螺子師も席を立つ。
そして、隣で楽しんでいた螺子ドロボウが、
「さっきの螺子を返しに行きましょうよ」
と、声をかけてきた。
螺子師としては、
螺子ドロボウが思い付きで何かするかもしれない、
そう思うと、ひとりで行けとは言えなかった。

二人はテントの裏にやってくる。
ショーを終えた皆が、飲み物を飲んだりして休んでいる。
螺子ドロボウの姿を認めると、
「さっきはありがとう!」
と、笑顔で迎え入れてくれた。
大道具係が外された螺子を受け取って、
螺子ドロボウと螺子師に、
ジュースが渡される。
彼らは螺子を使った曲芸とみているらしい。
間違ってはいないけれど、
曲芸とみるあたり、サーカスの彼等だ。

サーカスの彼らは曲芸の話を聞きたがった。
砂の上を流れるようなサーカスの一団は、
よその話を雨水のように求めた。
螺子師はいろいろな話をする。
螺子ドロボウがそれを大げさにして、
螺子師に怒られる。

「僕たちは、砂賊の末裔なんです」
曲芸をしていた一人が言う。
彼らは砂漠に生きる者の末裔。
砂漠を流れるものの末裔。
御伽噺のような、古い古い砂賊の末裔だという。


続き

前へ


戻る