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出版社


ことのは堂の琴乃は、
店の奥で執筆をしている。
今までもいろいろな言葉を釣り上げて、
物語をしたためてきたけれど、
文豪と呼ばれた先人たちは、
いったいどんな風に言葉を釣り上げて、
あのような芸術的な物語を作ってきたのだろう。
琴乃もいろいろと物語を書いてきたけれど、
ああいった言葉の選び方や、
物語の編み方など、
参考になることは山ほどあるし、
そして、その物語や本に囲まれた、
この、ことのは堂を持つことができたのも、
うれしいことだと思う。

琴乃は、本の仕入れ先を一軒知っている。
雨の出版社という会社だ。
ぽつりぽつりとしか、それこそ、
雨が降るときくらいしか本の新作が出ない、
小さな会社らしい。
直接会社に行ったことはなく、
電話連絡が関の山だ。
ても、琴乃はそこの本が好きだ。
雨の出版社の本を読むと、
雨水が心に潤いを与えてくれる気がする。
身体の内側を雨水がしみわたり、
琴乃の内側にあった物語の種が、
潤った大地に芽を出す。
芽は育ち、葉を茂らせ、
やがては花も咲くかもしれない。

琴乃は雨の出版社の新作を待っている。
雨が降る程度の新作だけれど、
その雨で満ちている琴乃のような存在もいる。

琴乃は、
雨の出版社がどこの会社かも知らない。
電話番号だけメモをしてあるけれども、
それ以上は何も知らない。
謎といえば謎かもしれないけれど、
琴乃が言葉足らずなのかもしれない。
琴乃は会話が苦手だ。
物語でこそ、言葉を操れるけれど、
会話となるとさっぱりだ。
聞き手に回ることが多く、
自分のことがうまく話せない。

偉大なる先人の文豪たちは。
一体どうやって会話していたんだろう。
出版社に物語を持っていくとき、
どうやって物語のすごさを伝えていたんだろう。

琴乃はそんなことを思う。
物語はまだ完成しない。


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