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伝心
それは電脳世界の話。
電脳娘々と、シズカと名付けられた少女が、
バベルシステムを内包した塔の中を歩く。
電脳世界だし、座標を入力して、
そこに行くと指示すれば一発で移動できるのに、
そうしないのは、電脳娘々が人間であるからかもしれない。
シャンジャーはほとんど電脳で生きていて、
自分でも割と無駄が好きだなと思っていたけれど、
電脳世界を歩くという無駄を、
生きると実感するためには必要なのかもしれない。
電脳娘々とシズカは歩く。
会話をしているようだけど、
一方的に電脳娘々がしゃべって、
シズカは何も言わないのに、
電脳娘々には答えがわかっていて、
シズカも否定するそぶりはない。
顔は能面なので、どんな感情を持っているかもわからないのに、
電脳娘々はすべて通じている。
以心伝心というやつなのかな。
シャンジャーはそんな二人を見ながら思う。
電脳娘々とシズカのそれは、
或いは究極の翻訳なのかもしれないと思う。
心が直接通じれば、
バベルシステムによる翻訳も何もいらなくなる。
こんなに膨大なプログラムを積んで、
バベルの塔を築く必要がなくなる。
まぁ、電脳娘々とシズカの間だけかもしれないし、
世界中のみんなの心が通じるようになったら、
それはそれで窮屈のような気もする。
隠し事ができないのは、やりづらい。
電脳娘々が、シズカの答えに大喜びしている。
何かあったのかはわからないけれど、
二人だけで、とても面白いことがあったようだ。
シャンジャーはそれをうらやましいと思った。
幸せな以心伝心がここにある。
シズカは能面のまま何も変わらないけれど、
能面が微笑んで見えるのは、
多分電脳のバグじゃないはずだ。