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花咲


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

螺子師と螺子ドロボウは、
サーカスの一団の話を聞く。
彼らは古い砂賊の末裔で、
この砂の大地を流れてきたもの。
その昔は、この砂漠の大地にも水があり、
緑と笑顔に満ちた世界であったらしい。
なんでも、砂賊の時代よりももっと昔、
すさまじい戦争があり、
その所為でここは砂漠になってしまったらしい。
サーカスの一団は、
かわるがわる話を聞かせてくれる。
昔々、戦争から逃れた姫と騎士がいて、
永い眠りの果てに、砂賊として生きたとか、
その血も、サーカスの一団の中に息づいている。
水は空に逃げてしまったけれど、
この砂漠には、姫や砂賊の血が、今でも生きている。

「私たちは、探しているものがあります」
サーカスでナイフ投げをしていた青年がいう。
隣でピエロはメイクを落としている。
「探し物ですか?」
螺子師が尋ねる。
「探し人、ですかね」
「探し人?」
螺子師が尋ね返すと、
「花咲の勇者という人物を探しています」
螺子師は聞いたこともない。
「枯れ木に花を咲かせるなら、おじいさんかな」
螺子ドロボウは、どこかの昔話を思い出したようだ。
「女性らしいんですけどね」
「花咲で女性ですか、美人かな。独身かな」
螺子ドロボウの軽口に螺子師は頬をつまんでぐいっと引っ張る。
「いたひ…」
「少し黙ってろ」
「えー」
「えーじゃない!」
螺子師たちのやり取りに、
サーカスの一団は微笑む。
「とにかく、そんな勇者の話を聞いたら教えてくれますか?」
「花咲の勇者ですね」
「ええ、勇者にこの砂漠を花で満たしてほしいですね」
「そっか…それもいいですね」
「このサーカスは、花を探す旅なんですよ」

螺子師はうなずく。
螺子ドロボウは頬をさすっている。
外は静かな砂漠。
美しさを内包した砂漠。


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