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宣託
斜陽街二番街。
ピエロットという喫茶店がある。
そこにはいつも、ギター弾きがいる。
ギター弾きは太陽を思ってギターを弾く。
その太陽がどこにあるのかはわからない。
太陽という現象なのか、
太陽のような人なのか。
ピエロットのギター弾きは、
それすら忘れているかもしれない。
「ごきげんよう」
ピエロットに来客。
同じ斜陽街二番街の、占い屋のマダムだ。
優雅に歩いて、ギター弾きの近くの席に腰を下ろす。
「コーヒーに少しアイリッシュウイスキーを垂らしてちょうだい」
ピエロの顔をした店員が、うなずいて厨房に入る。
マダムはそれを認めると、
ギター弾きに向き直る。
「まだ太陽がわからないの?」
ギター弾きは、肯定も否定もしない。
「太陽は遠くにある。でも、どこにいるかは、まったく」
ギター弾きは弦をはじく。
「どこかにこの音が届けばいいんですけど」
「途方もない話ね。この街からそんなに遠くに届くかしら」
「わかりません」
マダムはため息をついた。
ギター弾きは、言葉をつづける。
「思いに距離は関係ありません。どこまでも、飛びます」
「どこまでも、かぁ」
「世界も飛び越えて、どこかにいる太陽に、届くはずです」
「まるで御伽噺」
マダムはくすくす笑う。
「そういう言葉、私嫌いじゃないわ。ねぇ」
マダムが銀色の針を出す。
「占い屋の御宣託を聞きたくない?」
ギター弾きは答えない。
マダムはため息。
御宣託よりも、ギター弾きは奏で続ける方を選択するらしい。
マダムにコーヒーが提供される。
ギター弾きはまた、ギターを奏でる。
静かに時間が流れる。
マダムはコーヒーを口にする。
この音はどこまで届くだろうか。
ギター弾きの音色はとても心地がいい。
その感覚は、マダムが昔なくしたものに似ていた。