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極楽


斜陽街番外地。
落ち物通りと呼ばれる路地の入口に、
スキンヘッドのマネキンがある。
入口の壁の、人の身長より少し上のところ、
壁から首と右手だけが生えている。
女性のマネキンで、おしゃべりをするのが好きなようだ。

落ち物通りに入ってしまうと、
路地に落とし物をしてしまう。
どうしても落としたいものがある人が、
路地に入って落とす分にはいいが、
何も知らずに落ち物通りに入ると、
大切な何かを落としてしまうかもしれない。
マネキンは、そんな人への注意もしている。

落ち物通りの近くには、
自分であることをなくした浮浪者がいたりもする。
落ち物通りで落とされたものを使って、
自分であることを手に入れようとするらしい。
自分が自分であるためには、
何かがなくてはいけない存在。
浮浪者は、自分であることをなぜなくしたのか。
わからないけれど、
自分であるということをなくしているのに、
自分、というものを強く望んでいるように思われた。

マネキンは思う。
落ち物通りで何が落とされるか、
マネキンは壁から生えているからわからないけれど、
形あるものばかりでないだろうし、
形のない何かも落とされるかもしれない。
心、魂、苦痛、言葉、自分である証、
それをなくしたら。
なくしたらいったい何者になるんだろう。

言葉で表現できない喪失。
重荷を落とせば極楽まで一直線かもしれない。
それでも、すべてを落としても、
極楽までいけるのか。

自分が自分でなければ、
重荷を背負ってこその生きること。
極楽までの道のりはただ遠い。

マネキンは思う。
マネキンは言葉を話すことしかできない。
言葉だけが生きる意味。
いつか消滅することがあったら、
極楽なんて行けるだろうか。
行けるのなら、言葉も持っていきたいものだ。


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