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不可視


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

ヤジマとキタザワが見守る中、
天狐はまた、野良狗との間合いを詰める。
天狐の短刀が閃く。
野良狗は、野太刀を鞘ごと振り、
短刀をまともに受け止める。
受け止めたうえで、反動をつけて思いっきりはじく。
天狐は、はじき返され、
宙に飛び、回転をいくつかして、
地に足をつく。

「あんたは面だよ、野良狗」
天狐は言う。
「守るものなんてない、面だよ」
野良狗は黙っている。
「そうだろ? あんたも捨ててきたんだから」
天狐が短刀を構える。
「さぁ、その野太刀を抜くんだ」
天狐の言葉に、野良狗はうなづいた。

「戦うことが生きる意味ならば」
野良狗は、野太刀に手をかける。
「この刀を抜く意味も、お前を殺す意味もある」
音もなく、野太刀が抜かれる。

それは。
わずかな月明りにも見えない、
暗闇のような刀。
ヤジマも目を凝らすが、
そこに存在していることはわかるのに、
何も見えない。

「この太刀は、不可視の刀」
野良狗が言う。
「言葉の石を使って磨かれた、言珠の刀」
ヤジマは感覚で理解する。
そして、寒気がするほどの存在を感じる。
一体どれほどの言葉で磨けば、
恐ろしい程の気配をまとえるのか。
戦いをいくつか繰り返したヤジマが感じる、
恐ろしい気配。
それは、野太刀を持った、野良狗も巻き込んで、
言葉をまとう恐ろしい存在になる。

天狐もそれを感じているのか。
震えているようにヤジマには見えた。
そして、そのあと。
天狐は、笑った。
「そうだよ、そうこなくっちゃね」
震えていたのは武者震いか。

そう、この闇夜の面は、
戦うことで存在理由を確認している。
言葉の刀は、
見えない刀身で獲物を屠らんと、風を切る。

それは、言葉を越えた殺気だ。


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