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風船


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

探偵は、電波局と書かれたビルにやってきた。
他のビルに比べ、圧倒的に古い。
歴史があるというなら言葉がいいのかもしれないけれど、
普通の言葉で言うなら、ボロだ。
入口を探して、ドアをたたく。
とりあえず鍵がかかっているかを確かめる。
おんぼろドアには鍵もかかっていない。
探偵は不法侵入をする。
怒られたらその時だ。

探偵は電波局のビルを歩く。
旧式のコンピューターらしいものが、
シーク音をさせて動いているように見える。
部屋がいくつかあるけれど、
どれも古いコンピューターが詰まっている。
探偵は歩いて、
管理室を見つけた。
ドアがあるので、一応たたく。
答えもないので、勝手にドアを開けた。

そこには、風船のように太った男が一人。
その容姿から想像つかない速度で、
複雑な機械をいじっているらしい。
コンピューターの操作をしていることは想像できるが、
さて、何をしているんだろう。
探偵は、勘を使わず、
この男に聞いてみることにした。

「こんちわ」
探偵が声をかけて、
風船男が振り返った。
「どうしました?」
「ここで何をしているのか、聞きたくてね」
「ああ、はい、普通の方にはわからないですね」
風船男はそう納得する。
不法侵入には、おとがめなしらしい。

風船男の言うことには、
この電波局には、町のすべての電波が集まっているらしい。
風船男が管理室で機械を操作して、
たった一人で電波を管理しているらしい。
どの人の電波をどこにつなぐか。
それを一人でこなしているらしい。

「あんたひとりであの数を…」
探偵はそこまで言葉にして絶句した。
風船男は少しだけ誇らしげに。
「誰かに褒められたくて、やってるわけじゃないですけど」
風船男はそこまで言った後、
「それでも、ちょっと褒められたいなと思いますね」
「うん、あんたすごいよ」
探偵はお世辞なしにそう言葉にする。
風船男は、真っ赤になって照れながら笑った。
よほどうれしかったらしい。


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