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書棚


ことのは堂の書棚は、誰にも開かれている。
立ち読みをしてもいいし、
買ってくれるならそれでもいいし、
誰が来てもいい。
図書館を気取るつもりもなく、
琴乃の好きな本しか並べないけれど、
趣味で店が持てるあたり、
ここは斜陽街だ。

本屋いっぱいの書棚。
そこにはたくさんの言葉が書かれていて、
無限の言葉の海が、
ここに凝縮されている。
琴乃はそれが素敵だと思う。
言葉は、人の感覚にも作用して、
たくさんの心を、揺り動かす文章になる。
琴乃は、そんな物語の本を、
いつか出したいとは思うけれど、
まず自分の物語をよさを、言葉にできない。
読んでほしいと思うのに、
それをうまく売り込むことができない。
これを直さない限り、
本を出版なんて夢のまた夢だと思う琴乃である。

奥の部屋で執筆をしつつ、
表現の参考に、売り物の本を読み。
たまに斜陽街の住人が来ては、
立ち読みをしていって。
琴乃はそれを微笑みながら見て、
表現の参考を得たら、
執筆をしに奥に戻る。
琴乃はこの生活を幸せだと思う。
小さな幸福感。
琴乃を満たすのは、
満ち満ちた書棚。
この本屋を始めてよかったなと琴乃は思う。

この街の住人と、
もっと交流してもいいものだろうか。
そうしたら、
もっと、執筆の参考になるような、
言葉が得られるかもしれない。
言葉。
そう、言葉はどこに行ってどこに帰るのか。
言葉を使う職業のはしくれとして、
もっと言葉を磨かなくてはいけないと思う。
言葉を磨いて、
使う言葉が珠のように輝くように。
美しい言葉を使いたいなと琴乃は思う。

書棚。言葉の海。
琴乃は少し何かを思い出しそうになった。
頭に刺さった大ネジのことかもしれないけれど、
もうしばらく忘れたいと、なぜか思った。
何かあったのかもしれない。
でも、思い出すのはあとでいい。


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