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感動


これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。

螺子師はふと、
サーカスの一団が、
なぜサーカスをしているかが気になった。
ただの探究者ではだめなのか、
砂漠に根を下ろして町を作るのでは、だめなのか。
そのあたりが少し気になった。
「どうして、サーカスなんです?」
螺子師は尋ねる。
空中ブランコの女性が答える。
「言葉を越えたいのよ。みんな」
言われたが、螺子師の頭には疑問符が飛ぶ。
「わからないんですか?」
螺子ドロボウが茶化すように螺子師に絡む。
「わかるのか?」
螺子師が螺子ドロボウに問うと、
「わかりません」
螺子ドロボウはきっぱりと答え、
螺子師に頬を引っ張られた。
「いたひ…」
螺子ドロボウの泣き言も無視された。

「それじゃ、言葉を越えたい、とは?」
螺子師は改めて問う。
サーカスの演者の皆が答える。
曰く、感動をしてほしい。
曰く、言葉を尽くしても尽くしても、
感動を伝えきれないほどの感動。
曰く、心の底に感動の泉が湧き出て、
その泉で心が大洪水になるほど。
曰く、感動をつないで、心の洪水をつないで、
観客に感動の海を作りたい。
曰く、この砂漠には店を構えている人もいるが、
サーカスという生き方は、言葉を越えたいものが集まっている。
そして曰く、言語の違い、言葉の通じないことを越えたところに、
サーカスがあったら素晴らしいと思っている。

サーカスの演者は、いろんな言葉を話していたが、
螺子師は思う。
この素晴らしい演目を、すべて言葉にして誰かに伝えるなんて、
それは無茶なことだ。
今日このサーカスに出会えて、
本当に感動した。
感動の一言しか出てこないあたり、
螺子師も大概語彙が少ないけれど、
それはきっと、
サーカスが言葉を越えたものを演じているからかもしれない。
それもいいなと螺子師は思った。


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