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大太刀
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
アキ達勇者一行は言珠を手に入れ、
魔王を退治に、北にある黒の山に向かった。
季節は春。
花が咲き、緑は若く。
南風が薫る。
黒の山に向かう道中は、
なぜかアキにとって懐かしかった。
故郷の風景を思い出したのだろうか。
いや、故郷にこんな風景があっただろうか。
黒の山を一行は登る。
ここまでくると、風景が殺伐としてきた。
アキの思う感覚で言うところの、
何かが押し込められている感じ。
季節も生きることも、圧力がかかって表に出ることができない。
だからこの山は命がなくて黒いのかもしれない。
黒の山の頂。
彼らは、魔方陣を認めた。
何も見えない。
黒い霧がかかっているようで、
魔方陣だけ、そこにある。
アキは、言珠を魔方陣の中央に置く。
一行がそれぞれ攻撃の準備をとって構える。
呪文なども知らないアキが、
魔方陣のそこで唱える。
「いでよ魔王!」
魔方陣に、何かが集まる感覚。
それは、気配というものに近い。
黒い山に散らばっていた気配が、
押し込められていたものが、解放されて、
魔方陣に集まってきている。
やがて、その気配は人の形をとる。
それがおそらく魔王。
アキは、大太刀を構える。
魔王は、少し、微笑んだ。
懐かしそうに見えたのは、
アキの気のせいかもしれない。
黒の山に押し込められていたものがなくなって、
黒の山に急速に春が訪れる。
花のにおいがする。
風があたたかく。
誰かが奏でる弦楽器の音。
空すら飛べそうな気がする。
アキは混乱する。
こんなにやさしく懐かしい感覚を、
悪である魔王が持っているはずはない。
これは幻。
魔王の幻覚だ。
アキはかぶりを振って、大太刀を構える。
いつかそうしたように。