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陰陽


斜陽街番外地。
砂屋や、新しくできた本屋の近く。
八卦池がある。
八卦池は、電脳世界ともつながっているといい、
スカ爺という仙人のようなおじいさんが、
いつも池のほとりでうとうとしている。
噂では八卦池の中には怪獣の卵があるとも聞き、
何がどうなって怪獣なんかと縁があるのか、謎の池である。

スカ爺はいつものように、
八卦池の中を杖でかき混ぜる。
ぐるぐる。
陰と陽は混ざるようにも見えるし、
しばらくすれば混ざったことも忘れて、
お互い心地いい場所に戻る。
隣り合い、背中合わせかもしれない。
一番近くにある、一番わからないもの。
電脳には、0と1がある。
陰と陽。
在るか無しか。
その組み合わせで世界はできている。
理解できること、理解できないこと。
八卦とは、陰と陽の組み合わせを端的に表したもの。
表してはいるけれど、
すべてを肯定しなくてはならないことなんてない。
知識として知ることはいいことだが、
知ることと理解することはまた別で、
理解することと肯定することもまた別だ。

情報が八卦池の中、
ぐるぐる渦を巻いている。
電脳世界で混乱があるらしい。
電脳娘々の気配もある。
シャンジャーもいるらしい。
二人がいるならば大丈夫と、スカ爺はまたうとうとする。
言葉が八卦池の中を回る。
言葉が卵を壊さなければいいがとスカ爺はうっすら思うが、
まぁ、何とかなるだろうとも思う。

池の中に知っている気配がする。
誰だかはわからないけれど、
その者がどうにかするだろう。

陰陽が不用意に混じってはいけない。
けれど、時が過ぎればあるべき場所に戻る。
あるべき場所に戻す力が働くのも、
それもまた、世界の摂理。

どこにも残らない英雄は、
そういうところにいると、
スカ爺は思った。
言葉に残らない。
語り継ぐ者のいない英雄。
世界はそんな、
存在した痕跡のない英雄で満ちている。


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