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有無


白い静かな町を歩く羅刹は、
水路に変化を認めた。
さざなみが立っている。
それは、変化もなく閉ざされている白い町の、
今までにない変化。
何かが起きようとしている。

羅刹は、自分のもともとの姿を思う。
黒ずくめ、人の生きる気力を食らう鬼、
ボウガンは相手をしとめるためのもの。
そう、この町は何も咎めなかったけれど、
羅刹は異質なのだ。
羅刹が来たことで何かが起きるのか、
それも可能性はあるが、
変化は水路から。
それは、羅刹がこの町に来たのも水路から。
水路は外とつながっているのかもしれないし、
外から何かがあるのかもしれない。
異質な羅刹なら、
また、水路から外に出ることもできるかもしれない。

ここは優しい白い空間。
誰も羅刹を咎めなかった。
罪も罰もない。
穢れも淀みもない。
眠りの中のような町。
ここは居心地がよかったけれど、
羅刹はここにずっといるべきではない。

羅刹は水路の変化を注視する。
水位が上がってきていて、
おそらく外から何かが流れ込んできている。
羅刹は思う、
外から流れ込むこれは、
おそらくこの町を飲み込んでしまう水だ。
守ろう。
正義の有無はあとで付け足しになればいい。
優しいこの町は、
斜陽街のあの人のように優しいこの町は、
ここで飲み込まれてはいけない。

羅刹は水路に飛び込む。
流れに逆らって泳いだ。
逆らうのは苦手ではない。
苦しくはない。
はたして、白い町の水路から、
羅刹は外に出たのを感じる。
この水は、普通の水ではない。
羅刹は言葉足らずだから、
表現の言葉を持ち合わせていないが、
言葉、そう。
この水には言葉がある。

言葉の濁流。
どこかからあふれた言葉たち。
混乱した言葉が、白い町を目指して暴れて流れる。
「させない」
羅刹はつぶやく。
しばらく羅刹自身忘れていた羅刹の言葉。
羅刹のボウガンは有象無象の言葉に狙いを定める。


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