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壊交流
これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
風船のように丸く膨れている男は、
探偵と話している間も、
電波局の機械をいじっている。
「一瞬たりとも気が抜けないんですよ」
風船男は言う。
「みんな電波に頼って生きてますからね」
「なるほどなぁ」
探偵は町の風景を思い出す。
端末に頼りきりの、うるさい町。
それはすべてこの風船男の頑張りの賜物らしい。
それは、裏を返せば、
「あんたがいなくなったら、どうなるんだ?」
探偵は尋ねる。
「思うに」
風船男はちょっと考え、
「この町が壊滅するんじゃないかなぁ」
どこか他人事のように風船男は言う。
探偵は想像する。
電波が極限まで混乱して、
電波による交流が全部壊れて、
そのあと。
一体どうなるだろう。
風船男が、他人事のように言うのも、
少しわかる気がした。
「もともと」
風船男が話す。
「この町の交流は壊れていたんですよ」
「もともと?」
「はい」
風船男は機械をいじる。
いじりながら話すところ、
この町は言葉の交流が壊滅状態の町だった。
その町にやってきた風船男は、
何とかしてあげたいと思い、
小さなビルに電波局を構え、
言葉による交流を直すべく、
端末の電波をいじり始めた。
「だから、僕がいなくなったら」
機械をぱちりといじって、
「この町は壊滅すると思うんです」
やはり風船男はどこか他人事のように。
探偵は思う。
ある種、風船男はこの町の神様になっている。
彼の考えひとつで、この町を壊滅させることもできる。
彼は何を望んでここにいるのだろう。
探偵にはわからない何かだろうか。
言葉にできない何かだろうか。
言葉が壊れたこの町を、
ビルの中で直している風船男。
過剰な情報でうるさい町は、
彼一人の手でデザインされている。
多分、町ゆく誰も、
そんなことは知らないだろう。