箱物語(仮)03


濃い灰色のスーツをまとった、
二つの人影が5番区を疾走する。

ルカは人間に生えている過去の箱を、ヤンは反応を見る。
そして、雑踏の少し途切れたところで、
ルカは特殊な過去の箱を見つける。
ルカが特殊と感じるだけ、ヤンは反応地点がおかしいと感じるだけ。
それが、彼らが、チーム・パンドラの箱・記録追跡課にいる所以。
追跡する記録を持つ過去の箱を見つける。
それが、記録追跡課の仕事。
「いた」
「はい」
ルカとヤンで一言の会話がなされ、
ルカは走りながらダガーを構える。
ヤンはグローブを構える。

特殊な過去の箱を持ったのは小柄な男。
ルカには過去の箱だけが特殊と見える。
しかし、外見は至って普通のただの男。
ルカには見える。
特殊な記録を内に秘めた過去の箱が、男の右肩から生えているのを。
ルカは飛び掛り、ダガーを男の右肩の過去の箱に突きたてようとした。
小柄な男は、尋常ではない運動能力でルカをかわした。
小柄な男は蹴りを繰り出す。
ルカは僅差でよける。
ヤンが左拳を繰り出す。
小柄な男はかわす。

雑踏の少し途切れた中、一般人には記録されない戦い。
ルカとヤンは小柄な男から、少し距離をとった。
小柄な男はルカとヤンに向かって何かの構えをしている。
拳法かもしれない。
「どう思います?」
「ありがちなことね。記録を守るための記録も入れてる。この場合戦闘能力ね」
「合法と思いますか?」
「他人の過去の箱の記録を不正に持つのは、なんであれ違法よ」
「奴、俺たちも認識しているようですけど」
「しとめればいいだけよ…いくわ」

ルカがダガーを構えて距離を一気に詰める。
ヤンがそのあとに続く。
小柄な男は蹴りを繰り出す。
ルカは先ほどと同じように僅差でよける。
「やっぱり」
ルカは一言つぶやくと、
男の間合いに入って、右肩の過去の箱にダガーを突きたてた。

「展開!」

ルカがダガーに宣言する。
ダガーは反応を起こし、過去の箱を展開する。
男の右肩の過去の箱から記録が流れ出す。
ルカの後ろから走ってきたヤンが、
右手のグローブで反応地点から流れ出した記録を捕獲する。
右手のグローブの箱が、電子音を鳴らして、記録を捕獲したことを知らせる。
小柄な男は、過去の箱が展開されて、身体を大きく痙攣させると、
あとは力が抜けたようにへたり込んだ。

ヤンのグローブの箱が、目的の記録を全て捕獲した旨を表示している。
「これで全部みたいです」
ヤンが報告する。
ルカは小柄な男の過去の箱から、ダガーを抜く。
ルカの目には過去の箱が元通りに戻っていく様が見えた。
ただし、特殊な記録は入っていない。
小柄な男は一般人と同じになった。
もう、ルカのこともヤンのことも認識していない。
小柄な男は、何事もなかったかのように、
服の埃を払うと、雑踏に消えていった。

「記録は?」
ルカがヤンに話を振る。
ヤンは右手のグローブの箱を確認する。
「戦闘能力一件、追跡目標が一件…あと、プレート無効一件」
「戦闘能力とプレート無効は違法入手ね」
「追跡目標は…通称・過去の箱の鍵」
「違法に他人の過去の箱に進入するしろもの。最近出回ってる奴ね」
「出元はどこなんでしょうね」
「さぁ…でも、わざわざそうまでして過去の箱に記録を溜め込む奴の気が知れないわ」
ルカは男の行ってしまった雑踏を見やる。
「過去の箱に記録がいっぱいになれば、人は死ぬ摂理だもの」

ルカは雑踏から目をそらし、
車のほうへ戻り始めた。
ヤンもそれに続く。
歩きながら話す。
「そういえば、さっき、やっぱりとか言ってませんでした?」
「やっぱり?…ああ…言った」
「あれは?」
「戦闘能力の記録が、小柄な男のものじゃなくて、大柄な男のものだった…それで、手足のリーチが狂ってたのよ」
「それで、やっぱり?」
「そう、戦闘能力…まぁ、日常の身体記録もそうだけど、身体になじんでいないと機能が狂う。やっぱり狂ってた。そういうこと」
「そんなものですか」
「身体に記憶させると、過去の箱の記録容量がその分空く。最低限の記録ですむ。身体に覚えこませるっていうのは、そういうことよ」

そうこうしているうちに、車のある駐車場に戻ってくる。
二人が乗り込み、車は静かに発進し、
それは、誰の過去の箱にも記録されることはなかった。


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