箱物語(仮)04


チーム・パンドラの箱本部。
ルカとヤンは、いつものように、装備品を装備課に返すと、
記録追跡課の待機室に戻ってきた。
ルカは自分の過去の箱から、
今回の一件の記録を、
電子箱に流す。
電子箱はディスプレイの表示を様々に変えたあと、
記録完了の表示が出た。

ルカは溜息をついた。

ルカの過去の箱の中から、
少し、空き容量ができた気がした。
思い込みかもしれない。
ルカは、ふと、そう思う。
過去の箱自体が何か、妄想のようなものではないか。
過去の箱の空き容量にこだわること自体、
何かに取り付かれているような…
そんな感じが、ふと、した。

待機室を見渡せば、
ヤンがのんびりと伸びをしていた。
ディスプレイには、ルカと同じように記録完了の表示が出ている。
ヤンも記録を電子箱に流していたのだろう。

ルカは電子箱に向き直る。
次に仕事があるまで、
何か調べるのも一興かと思った。
自分の電子箱におさめれば、過去の箱には影響がない。
そう思った。

ルカは、電子箱を通じて、
とあるニュースを見た。
ごく一般。表向きのニュースだ。
『何が目的で?』
というような見出しだ。
ルカはニュースを目で追った。

何番区かのどこそこで、いつの間にか家に居ついて、
電子箱を勝手に扱っている男がいた。
家に住まう家族は、何年も前から住んでいるのにもかかわらず、
男の存在を覚えていなかった。
男が発見されたのはつい最近。
いつの間にか使わなくなった部屋から、
いつしかひどい悪臭がするようになってから。
不審に思った家族が、部屋をあけると、
腐乱した男の死体があった次第。
電子箱の電源は入ったままだった。
電子箱のログなどから、
男がずいぶん最近まで、この電子箱を使用していたことがわかっている。
警察はいつの間にこの男が不法侵入したか、何が目的だったのか、
また、男の身元が誰なのかを、
調べる次第…云々。

ルカはその記事について、
チーム・パンドラの箱のデータベースにアクセスをした。
すると、こんなことがわかった。

男は過去の箱に興味を持った一人。
違法に、自分の過去の箱と電子箱を直結させるすべを持っていた。
記録についていつでも最先端でありたい、と、
そう発言していた記録がネットワーク上に残っている。
憶測ではあるが、チーム・パンドラの箱にて用いている、
プレートに近いものを男は持っており、
なおかつ、過去の箱が破裂してしまい、
男が男である、全ての過去の箱の記録が流出した挙句の死であろう…云々。

ルカの背後に気配とジャスミンの匂いがした。
「お茶です」
見ればヤンがジャスミン茶を持って立っていた。
「ありがとう」
ルカはジャスミン茶を受け取り、
一口すすった。
「ニュースですか?」
「ん、たまにはね」
「でも、過去の箱から離れられないんですね」
「そういうこと」
「過去の箱がいっぱいになったという事件ですか?これは」
「そうね…過去の箱の…たぶん破裂。自分が自分であるための記録が全てなくなった」
「じゃあ、そうなったらどうなるんです?」
ルカはディスプレイに目をやる。
「まず、ここにあるように、この男は…誰の記録にも残っていなかった…」
「プレートの…一般人に記録されないという効果…ですか?」
「それね」
ルカはあっさり肯定した。
「でも、パンドラのデータベースには記録されていますよ」
「このチームのコピーを使ったのかしらね」
「違法ですよね」
「まぁ、そうね。でも、元が同じなら、コピーでもある程度パンドラの記録追跡が追いかけるわ」
「かろうじてパンドラの箱で記録している?」
「そんなところ。もう、誰も覚えていないわ」

ヤンはジャスミン茶を持ったまま、
ルカと同じディスプレイをのぞいている。

「じゃあ、過去の箱が破裂した…そうなったら…」
「生命維持の手段、その記録もなくなる。死ぬわ」
「死…」
「だから、過去の箱の空き容量はつくっておかなくちゃならないのよ」
ルカはジャスミン茶を一口すする。
ヤンも神妙な顔をして、ジャスミン茶をすすった。
「まぁ、滅多なことじゃいっぱいにならない。それはわかってるでしょ?」
「まぁ…一応」
「世界中、全ての記録を入れようとした結果が、これなのよ」
ルカはディスプレイを視線で示した。
そこには文字の羅列に成り果てた男の記録があった。

「どうして、そんなに過去の箱に記録を入れたがるんでしょう…」
ヤンが疑問を口にする。
「ヤンは感じたことあるかしら?」
ヤンが不思議そうな顔をする。
「過去の箱に記録が満たされると、満たされた心地よさ以外考えられなくなるのよ」
「…麻薬みたいなものですか?」
「さぁ…」

ルカは曖昧にすると、
電子箱の電源を切った。

ルカの過去の箱に、死んだ男のことは記録されなかった。


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