箱物語(仮)05


とある日。

ルカとヤンは、いつものように待機していた。
ヤンが席で、のんびりとあくびをする。
穏やかな午後のことだった。

ルカのコンパクトの縦長のもの…端末に、連絡が入る。
ルカは端末の記録を確認して、過去の箱に入れようとする。
ふと、ルカは違和感を感じた。
ヤンは、いつものように記録を入れないルカを、不思議に思ったらしい。
ルカは、違和感の正体を探るべく、
電子箱から、パンドラの箱のデータベースにアクセスしている。

「何かあったんですか?」
ヤンが濃い灰色のスーツを羽織りながら、やってくる。
「記録が引っかかったのよ。何か、覚えているような感覚」
「感覚ですか?」
「記録の残骸に引っかかった感じ…」
ルカの電子箱のディスプレイは、すごい勢いで表示を変えていく。
「あの…仕事は…」
ヤンがおずおずと言うと、
ルカは片手で端末を回した。
もう片方の手は、電子箱をいじっている。
「先に仕事先に行ってて、…少ししたら行くと思う」
「と思うって…」
ルカは返事をせずに、電子箱に向かっている。
「わかりましたよ。記録、もらいますね」
ヤンが端末から過去の箱に記録をすると、
ルカは端末をしまった。
ヤンが行こうとすると、ルカが顔も向けず声だけかけた。
「プレートは多分いらない。でも、いつもの装備は取ってきて」

よくわからないままに、ヤンが待機室を出て行く。
しばらくして、電子箱に向かっていたルカが、
「いた」
と、小さくつぶやいた。
そしてルカも、待機室を出て行った。

ヤンは車を運転して、
3番区のとある家の近くに来ていた。
近くに来てからしばらくする。
「どうしたもんかなぁ…」
目指す家に、追跡するべき記録を持った人間がいる。
正確には、過去の箱を持った人間が。
でも、基本的にヤンは過去の箱を開けない。
ヤンは反応する場所がわかる程度でしかないのだ。
とりあえず、いつもの、グローブの箱を確認し、車を降りる。
今のヤンは、とりあえずは普通の人間だ。
周りを見渡しても浮いてはいない。
とりあえず、記録追跡をしようと、歩き出す。
そのすぐ近くに、車がとまった。
ヤンが車を見る。
それは、私用のルカの軽自動車だった。
運転席にはルカもいる。

「ルカさん…?」
「この人探してたの。そんなに遅れてないみたいね」
「この人?」
ルカの車の助手席には、老婆が一人、座っている。
「説明は後。いつもの」
「…はい」
ヤンはダガーを渡す。
「いくわよ」
「…はい」

ルカとヤンは老婆を連れて、家に乗り込んでいった。
呼び鈴を鳴らすと、インターホンから、
「どうぞ」
とだけの返事があった。

少し大きな和式の家で、追跡すべき記録の反応を目指す。
ルカとヤン、そして老婆は、
寝室にたどり着いた。
そこには、布団に寝かされた老人が一人と、家族らしいものが何人かいた。

ルカの目は、
腹に過去の箱が…追跡するべき記録を抱えて、いっぱいいっぱいになっているのを見えた。
あと少しでも記録を抱えたら、破裂をする…
この場合は、もう、寿命に近いかと思う。
今回の記録追跡は、この老人のものだが…
ルカはあることを考えていた。
それは…

ルカは寝室の片隅に正座する。
ヤンもならって正座した。
「あの…」
「申し遅れました。チーム・パンドラの箱、記録追跡課です」
ルカが自己紹介をし、
「もっとも、仕事が終われば、その記録は消してしまいますが…」
家族は少し驚き、
「本当にいたんですね」
「まぁ、そういう存在です」
「では、お爺様の意思は…」
「そのために、この方をつれてきました」
ルカは老婆を示す。
老婆が一歩進み出る。

ルカの目に、
はちきれそうなほど記録が入った、過去の箱が、
老婆の腹に生えているのがうつる。

「抱き合って下さい」
ルカは指示をして、老婆はうなずいた。

「……さん」
老婆が何か名前を呼んだらしい。
寝かされていた老人が目を開く。
うっすらと目に光が宿る。
老人たちは抱き合い、
腹に生えた、過去の箱が重なり合う。

ルカはそれを見計らうと、
ダガーを構えた。
同時に二人の過去の箱にダガーを突きたてる。
「展開!」
過去の箱は展開した。
ヤンはぼんやり成り行きを見守っていたが、
あわてて、グローブの箱で追跡記録を回収した。
そして、ルカはダガーを引き抜く。

二人の過去の箱は、いびつなまま一つになった。

ルカは続けて家族の過去の箱を展開し、
ヤンは自分たちに関することだけの記録を回収した。
そして、チーム・パンドラの箱本部に戻ってきた。

ヤンは疑問符だらけのまま、待機室に戻ってくる。
ルカがあとから戻ってきたことを見計らい、質問した。
「今回のは…なんだったんです?」
「長い恋の成就」
「はぁ?」
ヤンにはまったくわけがわからない。
「お互い、昔、恋心を抱いた人を…過去の箱にずっと記録していた」
「それがどうして、追跡すべき記録なんか…」
「それは、あの老人たちの意思」
「どういうことです?」
「あの過去の箱は、片思いの人の記録と、生きるための記録と、大量の幸せな恋物語だけ記録してあった」
「あの過去の箱、それだけであんなに?」
「そう、そして、追跡記録をあえて入れて…過去の箱をいじってもらおうとした」
「いじるって…」
「過去の箱に唯一記録してある、昔、恋した人を探し…過去の箱を一つにしてもらう」
「それが目的だったんですか?」
「家族にも話していたらしいわね。もし、パンドラの箱が本当にあれば、意思はかなう…と」

ルカは溜息をついた。

「なかったことにしているけどね」
「そりゃ…そういう仕事ですけど…」
「それに、じき、あの二人の老人の命はなくなってるはず」
「え…殺したんですか?」
「違うわ」
ルカは短く言う。
「二つの過去の箱を一つにする。それだけで十分無茶な話、現にいびつだったのよ…」
「俺には見えませんから…」
ルカはヤンを見上げ、小さく溜息をつく。
「いびつだったのよ。隙間から記録が漏れるほどにね…」
「あ…それじゃ、生きるための記録も…」
「じきに漏れて…死ぬ」
「じゃあ、何のために…」
ヤンが何か行き場のないような表情をする。
「幸せな恋を…成就したかったのよ」
「恋の…」
「死ぬまでの少しの時間は、大量の恋を分かち合うことができる…一人だけを思い続けた、恋の成就。それだけ」
「それだけのために?」
「それだけのために…それが、あの老人たちの意思。それがいいと思って、あえて一つにした」

ルカは自分の席についた。
電子箱を起動し、今回の仕事を記録する。
そして、電子箱のディスプレイの別画面の記録も、ルカは確認する。
それは、同じ恋物語を大量に記録した老人たちのデータ。
パンドラの箱のデータベース。
「これも、もういいわね」
ルカはそのデータをしまい、今回の仕事の記録を終えた。


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