箱物語(仮)06


「花の下一人…」
三十路程度の男が、満開の桜の下でたたずんでいる。
眼鏡をかけているが、黒い髪は無造作に束ねられている程度だ。
あまり容姿に頓着しないのだろう。

「花の下…」
また、男がつぶやいた。
「…一人ではなくなったようですね」
男に駆け寄ってくる、若い男がいた。
下手すると十代程度の、その男は、
「シジュウ!」と、眼鏡の男を呼んだ。
若い男は、短い髪に活発そうな造作。
目も活気に満ちている。

二人は、濃い灰色のスーツを着ている。
チーム・パンドラの箱、記録追跡課のメンバーだ。

ルカは待機室の窓から、二人を見下ろしていた。
ルカの肩までの黒髪が風になびく。
ヤンがいつものようにジャスミン茶を入れてくる。
「ルカさん?」
「…カラット」
「はい?」
「カラットがシジュウになついている」
ルカが大して面白くもなさそうに、窓の下を示した。
ヤンも窓の下を覗き込む。
覗き込んだ途端、風にあおられ、
ヤンのぼさぼさの黒髪が、さらにぼさぼさになった。
「…何で記録追跡課は、容姿に頓着しないだか…」
ルカがジャスミン茶を飲みながら、ヤンとシジュウとカラットを見比べる。
「せめて、シジュウ程度にはしなさい。束ねるだけでも、少しはすっきりするものよ」
「…考えときます」
いかにも苦手そうに、ヤンが頭をばさばさとした。

ヤンの髪から、
下から舞い上がってきた桜の花びらが、
一片舞い落ちた。

やがて、カラットが待機室に戻ってきた。
カラットは待機室をぐるっと見て、
ルカを見つけると、つかつかと歩み寄ってくる。
「展開刀(てんかいとう)のルカ。箱の目持ち」
ルカは黙ってジャスミン茶を飲んでいる。
カラットはヤンを見る。
「拳箱(こぶしばこ)のヤン。こっちは反応…だったな」
ヤンは、カラットに一礼した。
「シジュウに覚えろって言われたんだ」
そういうと、カラットはまだ新しい、自分の待機席につく。
「カラットの二つ名は?」
ヤンがたずねる。
「停止銃(ていしじゅう)のカラットだ」
カラットはにやりと笑った。
「あれね…」
ルカは思い当たったようだ。

ジー……ジャッ!

普通の銃とは違う、心地いい装填音がして、
カラットは停止銃を装填した。
「こうすると、記録を停止する弾丸が放てる。そうだろ?」
カラットは無邪気に停止銃をもてあそぶ。
「危ないなぁ…」
ヤンがちょっとあきれたように言う。
「その銃はシジュウが設計したものよ。ちょっとやそっとじゃ暴発しないわ」
「へぇ…知ってるなぁ。ルカ」
カラットはルカに停止銃を向ける。
「カラット、あなたはシジュウの二つ名を知っている?」
カラットはきょとんとした。
「俺たちの上司にも、二つ名があるのか?」
「あるわ」
ルカは停止銃の銃口を見据えながら言う。
「魔術箱(まじゅつばこ)のシジュウ…なぜそう呼ばれるかは、そのうち知ることになるわ」
「魔術箱?」
カラットが問い返しながら停止銃を下げる。
「…カラット、箱の目は持っているの?」
「…いや、俺も反応系…」
「それじゃ、まだわからないわね…」
カラットはぼりぼりと頭をかくと、
「わっけわかんねぇー!」
と、手足を伸ばした。

「今のうちに記録に空きを作っておくといいわ。いつ指示が来るかわからないし」
「はいよ」
カラットは伸ばした手足を、存分に伸びさせて、
「よっし」
と、電子箱に向かった。

春の頃。
チーム・パンドラの箱、記録追跡課に新人が入った頃の話。


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