箱物語(仮)07
新人のカラットが、ここ数日の待機時間をそうしているように、
待機室で電子箱の作業をしている。
時折、椅子で伸びをする。
その後はしばらく作業をしているが、
ルカがたまに目をやると、
カラットは、やることがなくなったように、ぼんやりしている。
ぼんやりというより、ぼけーっとしている、それが近い。
ルカはなんとなく、カラットの話相手をすることにした。
ルカは、電子箱の作業を終えると、電源を切った。
「カラット」
ルカが呼びかける。
カラットは眠そうな目でルカを見る。
「お茶飲む?」
「俺、炭酸飲料がいいんですけど」
「なら、持って来るわ。暇でしょうがないんでしょ」
カラットは目をぱちくりする。
「銘柄は何がいい?」
ルカの問いに、カラットはメジャーな炭酸飲料の名前を告げ、
ルカはうなずくと、待機室の奥に行った。
ルカはついでにヤンの分のジャスミン茶もいれてきた。
ヤンの席にジャスミン茶を置き、
ヤンが小さくお辞儀する。
「カラット、これでいいの?」
カラットのもとに、冷えた炭酸飲料のペットボトルが置かれる。
「あ…ども」
カラットは反射的に、やっぱり小さくお辞儀する。
ルカはジャスミン茶を少しすすった。
「暇で暇で仕方ないんでしょ」
カラットは言い当てられて、やっぱり目をぱちくりする。
「…そうっす」
「もっと、ドンパチできるとか思っていたのかしら?」
カラットは炭酸飲料を喉に流し込み、
飲み込んでから答える。
「俺、もっと銃をドンパチしているところで育ったんで…それを買われたのかなって…」
「買う買わないじゃないと思うわ」
「じゃあ…おれ、どうしてここに?」
ルカはジャスミン茶を少しだけすする。
そして、
「縁があったから、ね」
「えん?」
カラットは問い直した。
「そう、縁。チーム・パンドラの箱の、縁の定義はちょっと特殊かもしれないわ」
「俺、難しいことは苦手…」
「あんまり難しくないと思うわ」
ルカは説明を始める。
チーム・パンドラの箱、は、過去の箱が身体に生えていることを前提にある。
ルカなどは箱の目といって、箱が見える目を持っている。
大抵の人間は、過去の箱が見えない。
縁というものは、過去の箱が誰かと触れ合ってできる、
無意識の、記録の交換の一種のようなものである。
何らかの形で、過去の箱が触れたから。
縁があったから。
それが元になって起きることは、少なくない。
「見えないところで、そんなことがあるんだな…」
カラットは素直に聞き入った。
「縁、覚えておくといいわよ…何しろ」
待機室のドアが開いた。
眼鏡の男が入ってくる。
「シジュウ!」
カラットが呼んだ。
シジュウは飄々とやってきた。
「どうも皆さん、待機ばかりで飽きていませんか?」
「飽きた!」
カラットは断言した。
「…で、カラットに縁の話をしていたの」
「縁…ですか」
シジュウが意味深につぶやく。
カラットは不思議そうにシジュウを見る。
ルカは話を続けることにした。
「縁があったから、カラットはここにいる。縁を見つけたのは、シジュウよ」
「え、シジュウが…」
シジュウはニコニコしている。
「シジュウは、パンドラの箱の中でも有数の縁を持っているもの」
「シジュウ…すごいんだ…」
「そして、その縁を生かしきれるのも、シジュウくらいしかいないってこと。そうでしょ?」
「どうでしょう?」
シジュウはニコニコしながら問い返す。
ルカは溜息をちょっとつくと、
「…過去の箱だけでなく、電子箱にも縁を持つシジュウ。だから記録追跡課の上司になれた」
「あ、だから、魔術箱のシジュウ!?」
「これだけじゃ、魔術箱なんて呼ばれないわよ」
「じゃあ、どうして?」
「シジュウの過去の箱には、容量に際限がないといわれている…」
「え?」
カラットはびっくりすると、
シジュウを頭からつま先までジーっと見て、
「シジュウ、普通じゃないか」
と、言った。
ルカはその答えを聞くと、
「…そう」
と言って、カラットのもとを離れた。
ルカは思い出していた。
シジュウとであったときのことを。
巨大な箱、その箱の中に、シジュウがいた。
他のもののように箱が生えているのではなく、
身体を包み込んでなお、大きな過去の箱の中にシジュウはいた。
ルカはそこでシジュウと縁を持った。
「さて皆さん、お仕事入りますよ」
ルカの思い出をさえぎり、
シジュウが宣言した。