箱物語(仮)08


シジュウが端末を介さずに仕事を告げることは、
まれかもしれないとルカは思った。
カラットが端末慣れをしていないのかもしれない。
そうとも思った。

6番区の現場に向かう間、
ヤンのグローブの箱のメンテナンスをしながら、
車の中でルカは考え事をしていた。
電子音を立てながら、拳箱の設定が変わっていく。

ヤンが運転手。
助手席にいつものようにルカ。
そして、後部座席にカラット。
カラットは停止銃をいじっている。
現場にわくわくしているようだ。

ルカが心臓の上にプレートをつけた。
心臓の上と言っても、シャツとジャケットの間だ。
「ヤン、カラット、プレートは?」
「あ、プレート。忘れてた」
と、カラット。
「信号停止したらください」
と、ヤン。

装備の設定、プレートの装備を整え、
ルカたちは一般人に見えないものとなって、
6番区のとある屋敷に来た。
大きな塔が屋敷の裏手にある。
「追跡情報の反応は…あの塔ですね」
ヤンの感じる反応は、
塔の上を示していた。
カラットは扉を開けようとした。
屋敷の扉は鍵がかかっておらずに開いた。
カラットは拍子抜けしたようだ。
「塔以外は何も張っていないみたい…あの塔に、変な過去の箱がある」
「変な?」
「とにかく迅速に仕事を済ますこと。いいわね」
カラットとヤンはうなずき、
三人は走り出した。

やがて、大きな塔の前にやってきた。
反応は近くなっている。
塔の扉をカラットが開ける。
ギィ…と、きしんだ音がして扉が開いた。
塔の中は…無数の電子箱がひしめいていた。
そして、電子箱の塔の中に、二人の人間がいた。
「ようこそ、パンドラの箱の諸君」
電子箱から、ポイントを示すレーザーが三人に焦点を当てようとさまよう。
「そして、さよならだ」
塔の中の二人が二言目を言った途端、高温のレーザーが放たれた。
ルカたちは入り口から突撃することでレーザーをよけた。
ルカが箱の目で塔の中の過去の箱を追跡する。
塔の一番上、吹き抜けになっているところの頂上に、
追跡目標の過去の箱があった。
(切り離している!)
ルカはそれだけを認識した。
そして、
「カラット!一番上まで走りなさい!」
カラットは、一番上と聞いて、条件反射で上を見、反応を確認して、走り出した。
一人が追う。
一人が残った。

カラットは塔の階段を上がっていた。
電子箱が攻撃を仕掛けるも、
カラットはどうにかよけていた。
一人が追ってくる。
過去の箱の追跡反応はない。
「じゃあ、上にあるやつがそうか?」
カラットは、息もつかずに階段を上った。
追ってくる一人は、淡々とかけてくる。
カラットはかけながら、停止銃を装填した。
ジー…ジャッ!
いつもの装填音がすると、カラットの目の前に吹き抜けと、反応地点が広がった。
一番上に来た。
カラットは反応地点を撃つ。
カラットの耳に、シュン!という発砲音がして、
カシャン…と、何かが壊れた音がした。
「壊れた?」
カラットが何かを理解できない間に、
追ってきた一人が、レーザーポイントを操っていたらしい。
カラットに目標が定められる。
カラットはそれを認めると、
よけるために、吹き抜けに身を投じた。

さかさまになりながら、
カラットは停止銃を装填した。
カラットが落ちながら構える。
「お前も、記録停止されたら動けないだろ!」
叫んで、追ってきた一人を撃った。
追ってきた一人は弛緩して…落ちてきた。
カラットは満足した。
もうすぐ激突だな、などと思う頃、
唐突に、何かに引っかかった。
「無鉄砲、ですか?」
ヤンがカラットを受け止めて、あきれたように言う。
「いいとこ見せたかったんだよ」
カラットは強がった。

カラットを追った一人が落ちてきて、
ガシャンと壊れた。
ルカが判断する。
「あれは電子箱の集合体ね。ロボットとは少し違うみたい」
「追ってきたの、人間じゃなかったんだ…」
ルカが残っていた一人に向き直る。
先ほどからルカとヤンをレーザーで狙っていたが、
どうも挙動がおかしい。
ピントはずれのレーザーを撃って、
電子箱の塔をあちこち撃っている。
「さっき、カラットが停止させて壊したのは、あいつと過去の箱のつながり…縁となる部分」
「ええと?」
「あいつは、記録を外部化させて、たくさんの記録を欲した…その結果が電子箱の塔ね」
「思うに、過去の箱を縁で結んで、そして制御しようとしたんじゃないかと…」
「ヤン、たぶんあたり。そして、縁を失った…同時に過去の箱も失ったけど…追跡情報は残ってる」
「それで挙動不審?」
「どうします?追跡情報を捕獲しないと…うわっ」
ヤンの傍をレーザーが掠めていった。

ルカは縦長の端末を取り出す。
「やりたくないんだけど…」
と、つぶやいた。

レーザーをかわしたカラットとヤンは、
次の瞬間、垂直に飛翔するルカの姿を見た。
ルカはぐんぐん塔の吹き抜けを昇り、
塔の天井近くで身体の方向を変え、
塔の天井に足を付いて、過去の箱に向かってダガーを構える。
ルカは天井から落下してくる。
そして、ダガーを深々と過去の箱に突き刺すと、
「展開!」
ルカは宣言した。

やがて塔は瓦礫になり、
三人は無事に追跡記録および違法記録を確保して脱出した。
「ルカさんがいきなり飛び上がったときはびっくりしました」
ヤンが捕獲した記録を確認しながら言う。
「やりたくなかったんだけどね」
「どうして?すごいじゃん」
「これは、作られた記録をダウンロードして自分の過去の箱に入れるの」
「ダウンロード?どこから?」
「パンドラの箱のデータベースに泳がせている、シジュウの電子箱から」
「シジュウの?」
「そう…」
ルカは溜息をつく。
「これは、体格体力をもとに、シジュウがでっち上げた記録。この記録を使えば、さっきのような運動も可能」
「シジュウが…でっちあげた?」
カラットはとっぴなことに頭が付いていないらしい。
「シジュウはその気になれば、膨大な縁の中から記録をでっち上げることも可能…タネのある魔術みたいなもの」
「だから、魔術箱…」
「そう、端末を介して魔術の種をダウンロード。あんまりやりたくなかったのよ」
「どうして?」
カラットがたずねてくる。
「どこまでが自分か、わからなくなるから…」
ルカは一言ぽつりと言うと、さっさと歩き出した。

どこまでが自分か。
この記録は本当に自分のものか。

「戻るわよ」
逆光で表情が見えないルカは言った。


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