箱物語(仮)11


チーム・パンドラの箱、記録追跡課。
上司として、シジュウ。
メンバーとして、
ルカ、ヤン、新人のカラット。
ほかに数人からなっている。

カラットは、待機室で、椅子にもたれかかったまま、
ぼけーっとしていた。
季節はそろそろ、じとじとした梅雨になろうとしている。
カラットが待機中、ぼけーっとしているのは、今に始まったことではない。
電子箱の作業を一通りすると、
いつもこんな感じだ。
停止銃のメンテナンスは装備課がしてくれる。
カラットはやることをやってしまうと、
本当に、やることが見つからなくて、
ぼけーっとしている。

不意に、コトリと音がした。
カラットが視線を音の先に向ける。
そこは自分の待機席で、
音は、どうやら、メジャーな銘柄の炭酸飲料のビンが置かれた音らしかった。
置いた主らしい、ヤンが笑っていた。
「まぁ、どうぞ」
「…ども」
カラットは礼を言い、自分の席に置かれた、炭酸飲料に口をつけた。
ヤンは席に戻ろうとしていた。
カラットは暇で暇で仕方ないので、
「なぁ」
と、ヤンを呼び止めた。
ヤンは振り返る。
「ヤン先輩の話を聞かせてくれよ」
ヤンは困ったように黒髪をぼさぼささせながら、
カラットの席の近くにやってきた。

「カラットさんは…」
「カラットでいいっすよ」
「まぁ、カラットさんは…」
「…はい」
カラットは呼ばれ慣れない、さん付けに、戸惑いながら相槌を打つ。
「命を奪ってしまったこと、どう考えていますか?」
ヤンの言葉に、カラットの目が見開かれる。
あの時、停止銃の弾丸が変わったあの時、
しくじって、人の命を奪ってしまったあの時、
殺してしまったあの時、
ヤンもいた。
あの時、ヤンもいた。

「あの時俺もいましたけど…」
ヤンは穏やかに話す。
カラットは、ちょっと、落ち着いた。
「あの…俺は…」
「カラットさんは、殺そうと思って殺したわけじゃない、そうですね」
「…はい」
「シジュウさんも、きっとわかっていますよ」
「…はい」
シジュウがわかってくれるといい、カラットはそう思った。
ヤンは続ける。
「記録追跡課は、…いえ、チーム・パンドラの箱は、なかったことにされる集団です」
「なかったこと…プレートとか?」
「記録に存在しない…そして、それゆえ裁かれない存在です」
「裁かれない…」
シジュウもそんなことを言っていた。
ヤンは静かに話す。
「俺も、記録だけで済むところを…」
ヤンは右手を見た。
仕事の際、いつも装備している拳箱はない。
「殺したことがあります」

「あれはここに入って、まもなくでしたね…」
ヤンは語る。
記録追跡課に来て、しばらくして、
拳箱の仕様を変えられたこと。
ルーキーのものから、普通に使うものに変えられた時期のこと。
そして…ヤンは拳箱で…
「今でも時々思い出します…生きるための記録を、握りつぶした感触を…」
記録に重みなどない。
それでもヤンは時々思う。
握りつぶされた、あれは、多分命というものだ。
それでも裁かれることなく、
ヤンは記録追跡課にいて、
殺された人間は、なかったことにされる…

「なかったことにされるのなら…せめて、奪った命くらいは覚えておきたいんですよ」
ヤンは静かに拳を握る。
奪った記録の重みが、思い出される気がした。
「奪った命の記録が、過去の箱の容量を圧迫しようとも…」
「そんなに…殺したのか?」
カラットはたずねる。
「幸いにして、圧迫するまでではないですけれど」
ヤンは少し笑う。
自嘲気味に見えないこともない。
「それでも、生きるための記録に触れるのは…今でも時々躊躇します」
「…そっか」
カラットは納得したようだ。

「記録の重みという存在…」
ヤンは言葉を区切る。
「チーム・パンドラの箱にいるというのは、そういうことなんだと思いますよ」
「それって、あるかないかわかんない重みってことか?」
カラットが聞き返せば、
ヤンは曖昧にして席に戻って行った。

待機室の外はじっとりしている。
一雨来るかもしれない。


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