箱物語(仮)13


「他人の記録のぞいて、楽しいものかしらね」
ルカは、電子箱を横目で見ながらつぶやいた。
チーム・パンドラの箱、記録追跡課。
その待機室。
空調が効いているが、
そろそろ空調の冷房は要らなくなってくる頃。
残暑が少しずつ、引いてくるような頃。
「何か言いましたか?」
ヤンが席から問いかける。
「他人の記録のぞいて、楽しいものかしらね」
ルカは繰り返した。
「ああ…過去の箱の鍵のことですか?」
ヤンは思い当たったらしい。
ルカはうなずく。
「他人の過去の箱をのぞいてまで、欲しい記録って何かしら」
「さぁ…でも、違法なものには手を出さないほうがいいですよ」
「わかってるわよ」
ルカは答え、また、電子箱に向き直った。

待機室に、シジュウがやってきた。
「皆さんどうも。差し入れですよ」
シジュウは、それなりに有名な菓子メーカーの冷えたゼリーを持ってきた。
ルカはレモン味のゼリーを選び、一口いただく。
酸味と甘みが一緒になって、おいしい。
「で、シジュウは何があったの?」
ルカは問いかける。
シジュウが困ったように眉をひそめる。
「実は、チーム・パンドラの箱から、記録流出しているらしいんですよ」
「流出?」
「ええ、まぁ、注意促しと、差し入れってことで今日は寄りました。カラット君にもよろしく」
「わかった」
ルカは短く答え、シジュウは待機室を出て行った。

銃の射撃訓練場から、カラットが戻ってきて、
オレンジ味のゼリーをがつがつと食べる。
ヤンはイチゴ味をもらったようだ。
「記録流出なんて…シジュウさんがいる限り、ないと思っていたんですがね」
ヤンがスプーンを手にしたまま言う。
「そう、シジュウすごいもんな」
カラットが肯定する。
「あるいは…」
ルカが独り言のようにつぶやく。
「わざと、かもね」
ヤンとカラットが、何か、というようにルカを見た。
ルカは電子箱に視線を戻していた。

「記録追跡課の待機室はここか!」
男の声がする。
ルカは、顔と声から個人を特定する記録を見つけ出す。
「経理課の方が、何の御用でしょう?」
ルカが応対する。
「記録流出の件、もう少し徹底して洗って欲しいものだな!」
「先ほど上司にも言われたところです」
「菓子など食っている暇はないだろう」
「上司からの差し入れです。食べないと、上司がすねます」
「ふん…シジュウめ…」
経理課の男は、ルカをひとにらみすると、乱暴にドアを閉めて出て行った。
ルカの片手は、電子箱を動かしている。
ディスプレイは、経理課の男の記録を余すことなく映し出していた。
ルカが、男が去っていったあと、確認をする。
ルカの目が、一瞬見開かれた。
「シジュウ…」
ルカは、つぶやいた。

真夜中のどこかの部屋、
とある電子箱のある、普通の部屋。
昼間の経理課の男の自室だ。
経理課の男は、電子箱を操り、
何かを必死になって集めていた。
ルカあたりが見れば、過去の箱に必死になって記録を入れているように見えただろう。
そして、過去の箱が電子箱に直結されているだろうことも。
「へへっ…パンドラの箱も穴だらけだ…」
男は、通称・過去の箱の鍵を使っていた。
それは、パンドラの箱で押収したものだ。
それを使い、個人の記録を取り、ゆくゆくは犯罪に手を染めんとしているらしい。
個人の記録を違法に取ること、不正記録も犯罪だが、
どうも経理課のこの男は、弱みを握ってゆすりたかりも考えているらしい。
男の過去の箱から、男の電子箱、電子箱を経由して、誰かの過去の箱へ直結する。
そして、過去の箱の鍵で過去の箱をこじ開ける。
男はそうして、記録を増やしていった。
逆に男から記録がもれることもあるが、
男は自分が疑われないと信じている。
経理課の記録は漏れていない、男はそこだけは確認していた。

「…ん?」
経理課の男は、膨大な記録の塊を見つけた。
内容を少し取り出す。
「これは経理課の…」
そこには経理課の上司の弱みが詰まっていた。
犯罪に手を染めていたらしいこと、
横領などもあるらしい。
経理課の男は思う、この記録を使えば、
自分が経理課のトップになることも出来ると。
ゆくゆくは、遊んで暮らせるだけの金で退職も悪くないとも。
そんなことを思った。
男は、ためらいなく、記録の塊を取り込む。
過去の箱が膨らんだ感覚がしたが、壊れるほどではない。
男は自分の勝利を確信していたが…
『いけませんね』
声がした、シジュウの声が。
シジュウが笑った気がした。
「…シジュウっ!」
その瞬間、男のすべての行動記録、取ってきた全ての記録は、無に戻った。

次の日の朝。
ルカは昨日の経理課の男の記録を検索した。
男は昨日の今日で退職扱いになっていた。
「シジュウの毒餌を食べたわね」
ルカは確信した。
「おはようございます」
「はよっす」
ヤンとカラットが入ってくる。
ルカは電子箱から男の記録を消した。
男は、もう、パンドラの箱にはいない。
ルカの過去の箱の記録にも無い。

もうすぐ秋になるころのこと。


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