箱物語(仮)15


シジュウは箱の中にいた。
それは、自分の過去の箱の中だ。
箱の目を使わなければ、過去の箱の外も見える。
けれど、シジュウにとっては、
それが自分の限界であるように思われた。

誰もいない、過去の箱の中の空間。

過去の箱とともに移動しながら、
シジュウはおもむろに電子箱の電源を入れる。
椅子に座り、画面と向き合う。
起動すると、シジュウは、超高速で記録を作り出す。

シジュウは、こうして、過去の箱ではなく、
何かの、ひずみらしいものを埋めている。

シジュウは、縁を辿った。
気になる縁があったのだ。
それは、シジュウの過去の箱に触れたことのある者の記録だ。
正確には、過去の箱が触れた者の。
シジュウは縁の持ち主の記録を徹底して洗う。
電子箱では、高速で画面が切り替わり、
縁の行き先を示している。

「…ああ」
シジュウはつぶやいた。
電子箱のディスプレイが止まったところで、シジュウはため息をついた。

翌日。
記録追跡課の待機室にいる、ルカのもと、
端末に記録が入った。
シジュウからだ。
「ヤン、カラット、仕事」
濃い灰色のジャケットを羽織って、
彼らは仕事に向かった。

「それで、今回の仕事は?」
ヤンがプレートを身に着けながら話す。
車は信号で止まっている。
「仕事は二つ。偽者の記録を確保、本物の記録を確保」
「偽者と本物?」
カラットが聞き返す。
「ある人間の、なりすましがいるらしいのよ。記録を使って。で、偽者の記録を確保したいわけ」
「ふむふむ…」
「そして…本物は、何があったのかはわからないけれど、とりあえず記録を確保してほしいって」
「シジュウの指示にしちゃ珍しいなー」
「そうね…いつもは何もかもわかってるのにね」
信号が変わり、車が走り出す。
と、ヤンがアクセルを大きくふんだ。
カラットがバランスを崩す。
「なに!」
「反応地点、見えました!」
ルカの箱の目が街を行く人を追う。
確かに、違法な記録を内包した過去の箱を生やしている人間が、
バイクに乗って前方を走っている。
「追いますよ!」
アクセルをふみ、ヤンはバイクを追った。
「カラット、停止銃の準備をして」
ルカが指示を出す。
後部座席のカラットが、停止中に装填をする。
ジー…ジャッ!
「スタンバイオッケー!」
高速の車の中で、カラットが銃を構える。
「前方走ってるのが、多分、例の偽者。とりあえず、はずさないで」
「ラジャー」
ヤンが速度は落とさず、
ぴったりバイクの後ろにつける。
カラットが狙う。
シュン!
と、音がして、
カラットの弾丸は、フロントガラスを通り抜けると、
バイクに乗っているものの過去の箱に着弾した。
バイクは大きくバランスを崩し、
派手に倒れた。

バイクは路肩でクラッシュし、
それでも、道行く人は誰も興味を示さなかった。
プレートのようなものでも、つけているのかもしれない。
ルカはバイクのものから、過去の箱を展開すると、
ヤンが拳箱に記録をおさめた。
そこではじめて、道行く人が、バイク事故に気がついた。
いずれ、普通の処理がなされるだろう。

「あとは本物…っすね」
「そうね…ヤン、その記録、本物の記録はどこまで?」
「ちょっと待ってください」
ヤンは拳箱をいじり、記録を追う。
「最後の場所は、ここから近いみたいですね。行きますか」
「ええ」
ルカは短く答え、捕らえた記録の示す場所に向かった。

町の中、路地裏のスクラップ置き場。
彼らは少し歩いてそこにやってきた。
ルカが箱の目を使う。
見れば、スクラップとされている自動車の中に、過去の箱が。
ルカはその過去の箱に向かう。
近づくにつれ、その過去の箱が、残骸だと知った。
そして、運転手席に、生きているのか死んでいるのかわからない、人型のものが、
過去の箱を生やしていた。
ルカは、それの過去の箱を展開し、
ヤンが拳箱におさめた。

「これが、本物みたいね」
「これで今回の仕事終わりか」
「よくわからないですけれど、シジュウさんの納得する結果なんでしょう」
メンバーは、記録追跡課の待機室に戻ることにした。

その日の夜。
シジュウの部屋。
例の、偽者の記録と、本物の記録が入ってくる。
シジュウは、本物の記録を紐解いた。
「…ああ」
過去の箱の中にいる自分を、見つけて、気さくに笑いかけた人。
あの時は人間だった。
それでも、この人は人間でないことを望んでしまった…
それを、永遠の命と勘違いしたものに狙われてしまった…
笑いかけてくれたあの人は、もう、この記録しかない。
お互い名前も名乗らなかった。

シジュウは、自分の過去の箱に、その人の笑顔を記録した。


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