箱物語(仮)19


チーム・パンドラの箱。
記録追跡課の待機室。

ルカは電子箱を使って、
怪盗アーカイブの記録を追っていた。
キーワードは、落下。
落下する感覚の果て、
怪盗アーカイブがいる。
そんな考えからだった。

いくつも記録を追った。
落下の果ては、いつも、途切れていた。
怪盗アーカイブが消しているのかもしれない。
あるいは、まだ、落下の最中なのかもしれない。
果てがなければ無限だ。

不意に、銀色の端末が連絡を受けた。
ルカは、端末から記録を引き出す。
間違いなく、シジュウからのものだ。
記録に違和感はない。

「ゼロ番区…」
ルカはつぶやいた。
ゼロ番区にいる人物にあってほしい。
シジュウのお願い、と、記録は締めくくられていた。
「ヤン、カラット、外に出るわよ」
居眠りをしていたカラットは起き、
お茶を入れようとしていたヤンは、あわてて準備を始めた。

ゼロ番区。
番号の振られている区とは異なり、
番号の振られていない、区にならなかったところを総称する。
ありていに言えば、ごみごみした街だ。
区画整備もされていない。
普通、と、呼ばれる人間は、なかなか住んでいない。
治安もあまりよくないとされている。
ヤンの運転する車で、
三人はゼロ番区にやってきた。
路地があちこちにのびている。
曲がりくねって、果てが見えない。
「この車じゃ大きすぎますね」
ヤンがつぶやく。
「ゼロ番区の入り口に止めて」
ルカが指示する。
「なぁ、プレートは?」
カラットが問いかける。
「シジュウからの指示で、今回は要らないみたいよ」
「ふぅん」
カラットは気が抜けたように、伸びをした。

ルカはシジュウからの記録を辿り、
ゼロ番区を歩く。
ヤンとカラットがついてくる。
カラットが、むき出しの配管につまづいた。
ヤンがカラットの転ぶのをとめて、また、歩き出した。

「ここね」
ルカが路地の片隅で足止めた。
ドアがある。
かろうじてそれとわかるようなものだ。
ルカがノックをする。
『開いてるよ』
電子の合成音声のような声が答えた。
ルカはうなずき、ドアを開けた。

暗い部屋だ。
ダイオードが不規則に明滅する。
記録をとっているのかもしれない。
ということは、電子箱が並んでいるのだろうか。
暗くてよくわからないが、
不意に、部屋の中心に当たる塊が、動いた。
『記録追跡課だね』
先ほどと同じ、合成音声が話す。
『今、明かりをつけるよ』
まもなく明かりがつく。
小さな部屋を埋め尽くさんばかりの、電子箱の山。
そして、真ん中には、マンホールを少し大きくした程度のふたがある。
そこが、開いて、中から…
フルフェイスのヘルメットが顔を出した。
『シジュウから話は聞いているよ』
「あなたが、この部屋の主?」
ヘルメットはうなずき、合成音声で話した。
『僕はミスター・フルフェイス。いわゆる記録屋をやっているよ』
「この膨大な電子箱で…」
カラットがつぶやくと、ミスター・フルフェイスは首を横に振った。
『このふたの下には、何百倍ともつかない膨大な電子箱があるよ』
「まじかよ…」
『まじです』
ミスター・フルフェイスは、合成音声で笑ったようだ。

「シジュウから話が来ているということは、記録追跡課に協力を?」
ルカが話しかける。
『いいよ。奴が動き出したんだろう?』
ルカがピクリと動いた。
『落下の果てにいるもの。怪盗アーカイブ』
「知っていたの…」
『まぁね。といっても、つい最近だけどね』
「それっぽい記録はある?」
『圧縮解凍を繰り返されて、劣化しつくしたぼろぼろ記録があるよ』
「ちょっと、見せてくれる?」
『端末出して。そこに入れるよ』
ルカは銀色の端末を出した。
ミスター・フルフェイスが地下からコードを引っ張ってくる。
つなぎ、ダウンロードをしたらしい。
ルカは記録を自分の過去の箱に落とす。
ぼろぼろの記録だ。
断片的に、普通の人間が見たであろう記録。
ゼロ番区ではない、普通の町並み。
断片化が激しい。記録の持ち主の特定も出来ないほどだ。
膨れたり、縮んだり、何度も強引に繰り返す。
そして…落下。
そこで記録は終わっていた。

『とりあえず、シジュウとはいい友人でいたいしね。記録入ったら連絡するよ』
「ありがとう」
ルカは素直にそういった。
そして、一つだけ疑問を問う。
「どうして、フルフェイスヘルメットを?」
『…見えるのが嫌なんだよ』
「何が?」
『生えている過去の箱を、見るのが苦手なんだ』
合成音声はそういうと、ミスター・フルフェイスは、また、地下にもぐった。

ルカたちは、電子箱の部屋を後にした。
ルカは、少しだけ、ミスター・フルフェイスの気持ちがわかる気がした。


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