箱物語(仮)20


日差しが暖かくなり始めた頃。
ルカは記録追跡課の待機室にいた。
カラットはぐうぐうと眠っている。
ルカは、あくびを一つした。
このところ立て続けに、違法記録所持者を追い掛け回して、
疲れているのだろう。
気持ちはわからないでもなかった。

ルカはまた、あくびをした。
気持ちのいい日差しだ。
ふと、ルカは、待機室の自分の席に、
小さな箱があることに気がついた。
こぶし大の箱だ。
箱の目を通してしか見えない箱なのかどうかはわからない。
ルカはそれを開けなくてはと思った。
とりあえず装備課に…ダガーを取りにいこうと思ったら、
ルカの右手になぜかダガーが握られていた。
ルカはそういうこともある、と、なぜか納得して、
机の上の箱にダガーをつきたてようとした。

「そんなに乱暴でなくていいんですよ」
待機室にいないはずの、優しい春の日差しのような声がした。
ルカの記録の中にはない声だ。
「箱のふちをそっと持ち上げて」
ルカは言われたように、小さな箱のふちを持ち上げた。
「そうそう、ほら、はじまりましたよ」
箱からあふれる…

「ルカさん!ルカさん!」

ルカの過去の箱の記録にある声が、ルカを呼んでいる。
「…ヤン」
「ルカさんまで居眠りしてどうするんですか」
「居眠り?」
そういえばそうだろうとルカは思った。
箱などあるわけがないし、
記録にない声がいきなりかかるのもおかしいし。
ルカは大きく伸びをした。

鼻をくすぐる、香りがした。
ジャスミン茶の匂いではない。
「匂い…」
ルカはつぶやいた。
「ああ、梅の香りですね」
ヤンが窓の外を見る。
外には、あちこちに梅が咲いていた。
「もう、春ですね」
ヤンは梅の香りを邪魔しないようにか、今日は緑茶のようだ。
ルカも茶を入れに席を立った。
夢の声が、日差しとなって降り注ぐ。

「春の宴は始まったばかり、かしら」
相変わらずカラットは寝ている。
時折むにゃむにゃと寝言を言っている。
ヤンはのんびりと電子箱をいじっている。

毎日記録との追いかけっこ。
こんな日も悪くない。

春はまだ、始まったばかり。
日差しが微笑んでいた。


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