箱物語(仮)22
曇り空の続く日。
夏も近い頃、カラットは、バイクを飛ばしていた。
行き先はゼロ番区。
シジュウに、今日だけは休むと告げてある。
目的地も、自分の過去の箱に入れてある。
「まだ、いるだろうなぁ」
カラットは、膨大な電子箱と、大き目のマンホールのふたを思い描いた。
「もぐらだな、ありゃ」
カラットは、ミスター・フルフェイスを、そう評した。
ゼロ番区付近。
カラットはバイクを停め、鍵をかけた。
曇り空を、何かの鳥が飛んで行ったらしい。
ゼロ番区のごみごみしていて、
無数の配線で区切られた空。
そこを、自由に鳥は飛んで行ったらしい。
カラットは、空を見上げていたことに気がつき、
視線を正面に戻した。
ゼロ番区の住民が、何も言わずに受け入れてくれている。
悪くない町かもしれないと思った。
カラットは歩き、ミスター・フルフェイスの住居へやってきた。
カラットが扉を叩こうとすると、
『開いてるよ』
と、合成音声が答えた。
カラットは扉を開き、中へ入った。
『今、明かりをつけるよ』
「いや、つけないでくれっかな」
カラットはそう言った。
『ふぅん、見られたくない?』
合成音声が答える。
「いろいろと、な」
カラットは曖昧に答えた。
『それで、どんな記録にご用事?』
「俺の過去の箱から拾ってくれ」
『語りたくないんだね、そのやり方、ルカさんから教わった?』
「いいから」
『はいはい…』
カラットは、闇の中、電子箱のダイオードに身体を預けて座った。
『はじめるよ』
合成音声が聞こえ、
カラットは過去の箱の記録に集中した。
昔の学生時代の記録。
微笑む女生徒。
視点が変わる。
女生徒はカラットを見ている。
カラットを見ていたが、やがて、ほかを見るようになる。
そらを、鳥を。
卒業をしたらしい春の校庭。
オフィスと呼ばれる会社の一室。
窓の中の彼女。
彼女は男を見る。
カラットではない。
でも、どこかカラットに似ていた。
やがて彼女たちは男と女の関係になったらしい。
そして最後に…期待と不安を感じた。
彼女は鳥篭の鳥を見ている。
鳥篭の鳥は外を見ている。
外を鳥が飛んでいった。
『こんなもんかな』
合成音声が終わりを告げた。
「ありがとな」
カラットは闇の中、ふらりと立ち上がり、懐を探った。
『お代はいいよ』
合成音声が答えた。
「じゃあ…」
決まり悪く、カラットは外へ出ようとする。
『カラットの声で、お幸せに、と、彼女の過去の箱に記録入れとくかい?』
少しの沈黙。
そして、
「過去の箱の…隅っこで頼む」
カラットはそう答え、暗闇とダイオードの部屋から出て行った。
ゼロ番区をふらふらとカラットは歩く。
彼女は鳥篭の鳥になった。
カラットはそう感じた。
カラットは空を見上げる。
ゼロ番区の空を鳥が飛んでいった。
もうすぐ6月。
花嫁が祝福される季節。
「お幸せに」
結婚式の招待状も来なかったけど。
初恋の人に幸せになってもらいたいと思った。