箱物語(仮)23


「なぁ」
梅雨の季節。記録追跡課の待機室。
声を発したのは、居眠りから目覚めたカラットだ。
「なんでしょう?」
ヤンがいつものように相手をする。
「酒飲みてー」
カラットはそういうと、机に突っ伏した。
ヤンは苦笑いした。
「アルコールは、過去の箱の記録の混乱をもたらす可能性があるわ」
ルカは視線も向けずに、電子箱のディスプレイを見たまま警告する。
「でものみてー」
ルカは椅子をくるりと回し、カラットのほうを見た。
「未成年じゃないの?」
「乙女に年齢と体重を聞くのは、野暮ってもんらしいっすよー」
「どこから突っ込んでいいんだか…」
「突っ込まないで、俺に酒を飲ませてくださいよー」
カラットは寝ぼけているのか、さっきから酔ったように、語尾がのびっぱなしである。
ルカはすっと席を立ち上がると、
突っ伏しているカラットの頭を、ぺちと叩いた。
「いーたーいー」
「そんなに飲みたいんだったら、シジュウが何とかしてくれるかもしれないわよ」
「シジュウさんが?」
「かけあってみたら?」
「その手があったっすね。酒飲めるぞー!」
カラットは急に元気になると、
電子箱を立ち上げた。
シジュウに連絡をつけるのかもしれない。
ルカはやれやれと思い、また、席に戻っていった。

シジュウなら何とかしてくれるだろう。
ルカはそんなことを思っていた。
いつものように、電子箱で記録の整頓をする。
待機中はいつもそんな感じだ。
プレートに見張られているのも気持ち悪い気がしないでもないし、
山のような過去の箱を見ないですむなら、それもいい気がした。
今は雨が降っているし、
外を歩いている人間や、
外に出ている過去の箱を見ることは少ないだろうと思った。
事件がなければそれに越したことはないし、
カラットの寝言みたいなものに突っ込みを入れるくらいなら。
ルカのディスプレイは表示を変える。
コトリ、と、音がして、いつものジャスミンの香り。
「お茶でもどうぞ」
ヤンがアイスジャスミンティーを入れてくれたらしい。
涼やかに氷がからりとなった。
ルカは一口、口にする。
冷たい香りがのどを滑っていった。
一息ため息をつく。

ルカの端末に連絡が入った。
ルカはいつものように、端末から記録をダウンロードする。
シジュウからだ。
ということは、仕事。
ダウンロードしたメッセージに、違和感。
ルカは眉間にしわを寄せた。
「どうしました?」
「仕事よ、ヤン」
「はい」
ヤンはあわてて、濃い灰色のスーツのジャケットを取ってくる。
「カラットさんは?」
ルカは大げさにため息をついた。
「シジュウがね」
「シジュウさんが?」
「仕事がないだろうと思って、カラットにアルコールの記録を体感させたんだって」
「え?」
「今カラットは使えないわ。まったくもぅ!」
ルカにしては珍しく声を荒げた。
ヤンは面白そうにそれを見ていた。
「とにかく、装備課によってから行くわ、車回して」
「了解」
ルカはジャケットを羽織ながら、カラットの席に来て、
おもむろにカラットの頭をぺちと叩いた。
カラットはうにゃうにゃと寝言を言っていたらしい。
「雨は降るし、シジュウは抜けてるし、カラットは使えないし、最低!」
「そのうち夏になりますよ」
ルカは憮然と歩いていった。

このあと仕事は無事に終わり、
カラットはしっかり二日酔いの記録も残された。

夏まであと少し。


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