箱物語(仮)26


ルカは、電子箱をいじっている。
どこかから流れてきた、
劣化されつくされた記録。
ためしに調べてみる。

コトリ

ルカの席に、ジャスミン茶が置かれる。
ヤンのいれたジャスミン茶だ。
「何か見つけましたか?」
「なんだか劣化された記録。気になっただけ」
「劣化…」
「なんとなく、怪盗アーカイブを思い出しただけ」
「根詰めないでくださいね」
「ほどほどにするわ」
ルカはまた、電子箱のディスプレイに向かった。
劣化された記録を、一時的に、自分の過去の箱に入れる。
複合記録がないか、調べる。
それほど複雑な記録でないらしい。
邪魔をするような記録もないようだ。

ルカは、記録を感じる。
構築される記録は劣化しているが、
ただ、流れてきただけのようだった。
偶然ルカの目に留まっただけらしい。

記録のはしはしに、意思のようなものが雑音のようにある。
普通になりたい。
普通になりたい、と。

「普通になりたい…かぁ」
記録は劣化しているが、
ルカからすれば、普通の記録だ。
たまたま劣化して、
たまたま、ルカの目に留まった。
もしかしたら、たまたま、怪盗アーカイブに圧縮解凍を繰り返してもらったのかもしれない。

ルカは想像する。
普通でない、特別な自分になりたいと思う。
怪盗アーカイブが、普通の記録を圧縮する。
そして、普通でない人になる。
特別になると、
普通になりたくなる。
怪盗アーカイブが、普通の記録を解凍する。
…繰り返したんだ。
普通と普通でないことを。
そしてこの劣化して流れてきた記録は、
普通である記録。
普通になりたい、普通になりたいという記録。
それが劣化している。

ルカは、過去の箱から記録をとりだし、データベースの端っこに流した。
出会うことも、もうないだろう記録。

記録の持ち主だった人は、
特別になっているんだろうか。
今でも普通になりたく思うだろうか。
ルカは少しだけ考え、やめた。

特別が幸せかどうかなんてわからない。
そうでなくても、普通はおおむね幸せかもしれない。

ルカは、幸せだろうかと自問した。
それなりに幸せかも。
そう思っていたほうがいい。
ルカは、ジャスミン茶を口に含んだ。
ぬるめのジャスミン茶は、いつもの味がした。


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