箱物語(仮)28


「みんななんで箱を生やしていることを知らないのかしら」

昔、ルカはそう思ったことがある。
箱が生えている。
みんな、箱が生えている。
でも、描かれた、人間には、箱は生えていない。
みんな、箱が見えないんだと気がつくまで、
ルカはずいぶん時間をかけた気がする。
そして、それを口に出さなくなるまで、
やっぱりずいぶん時間がかかった気がする。

ルカは、プレートをつけずに、
チームパンドラの箱、
その記録追跡課の、制服の濃い灰色のジャケットをまとい、
いわゆるパンツスーツ姿で、ふらふらと街に繰り出している。
ルカは喫茶店の窓際の席に落ち着いた。
ジャスミン茶を飲みながら、窓の外を見ている。
みんな箱が生えている。
箱が触れて縁が生まれる。
ルカの箱の目は、ルカの日常である、
箱の生えた人間をとらえている。

「みんな、何で生やしているのかな」
ルカの隣で声がした。
見れば、このあたりの街の、それなりの高校の制服をまとった、
女子高生というのが座っている。
カフェオレを飲んでいるようだ。
彼女はルカを見た。
「なんでかな?」
ルカは目をそらした。
自分が映っている気がしたからだ。
「みんな、何で生やしているのかな?」
女子高生は、ルカに尋ねる。
ルカはそっぽ向いたまま、答える。
「なきゃいけないからじゃない?」
「そっか」
女子高生は、簡潔に納得した。
ルカはどことなく、引っ掛かりがあり、聞いてみた。
「どうしてあたしに尋ねたの?」
「あなたの目には、あたしが映ってたから」
女子高生は答えた。

ルカは思う。
過去の自分の記録に、女子高生は、よく似ているのかもしれない。
記録が交差して、
たぶん過去の箱が交差して、
縁が生まれた。
それだけの話なのだろう。

「みんな箱を生やしているね」
「そうね」
ルカは肯定した。
「そしてみんな見えないんだ」
「そうね」
ルカと女子高生は、ポツリポツリと会話する。
「あたしの眼球は、狂っているのかな」
「さあね」
「狂っているとは言わないのね」
「そうね」
「変な人」
「お互い様」
ルカはちらりと女子高生を見た。
女子高生は笑った。

「街にはたくさんの人がいるよ」
「そうね」
「あたしたちがめぐり合うことは、もうないかもしれない」
「そうね」
「でも、箱が見える人は、少なくともあたしとあなたがいる」
「そうかしら」
「そうよ」
女子高生はストローをもてあそんだ。
「箱の世界は、あたしだけじゃないんだと思うの。それでいいの」
女子高生は立ち上がった。
「あなたの目に、あたしが映ってよかった」
女子高生はそう言い残すと、席を立ち、会計しに歩いていった。
ルカは黙ってそれを見送った。

女子高生は、過去の箱について何も知らないかもしれない。
それならそれでいいかと、ルカは思った。

ジャスミン茶は、すっかり冷めてしまった。


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