箱物語(仮)30


そろそろ正月の気も抜けてきた頃。
記録追跡課の待機室に、いつもの面々がいる。

カラットは、停止銃をもてあそんでいる。
彼の射撃の腕前は上がった。
逃すことも少なくなった。
端末経由のダウンロードも使えば、
カラットのスキルは、かなり上昇している。

ヤンがあくびをした。
そしてまた、電子箱に向かう。
地味な役回りの多いヤンだが、
確実に記録を捕まえるには、なくてはならない存在だ。
拳箱のヤン。
その拳箱に記録を入れるもの。

そして、展開刀のルカ。
彼女もまた、電子箱に向かっている。
彼女は、身体能力のダウンロードを好まない。
それでも、基礎的な身体能力、判断力は、
現場の人間の中でも、信頼するに値する。
ルカはジャスミン茶を一口すすった。

彼らをまとめているのは、
魔術箱のシジュウ。
膨大な記録のデータベースを操る上司。
普段ニコニコしているが、
その記録を操れば、なんでも出来るような気さえする。

ヤンが再びあくびした。
ルカがその気配に気がついて、椅子をまわす。
「寝不足?」
ヤンの目じりに少し涙。
「平和すぎるんです」
ルカは苦笑いする。
「そのうち、シジュウから何かくるわよ」
「それもそれで困りますけどね」
「困るかしら?」
「ルカさんは、楽しんでいそうですけどね」
「そう?」
ルカは聞き返す。
ヤンは目元をもそもそとぬぐい、続ける。
「ルカさんやシジュウさんは、事件を楽しんでいる気さえしますよ」
「仕事よ」
ルカは、ピシッと言う。
「はい、それでも、仕事をしていると、ルカさんは生き生きしている気がしますよ」
ヤンは穏やかに話す。
ルカは眉間に少ししわを寄せた。
非日常を楽しむようになるのは、
ルカにとって、あんまりいい傾向でない気がする。
そんな気がした。

「なー、シジュウからなんか来ない?」
「今のところ、まだ何も」
「おれひまー」
カラットがうーんと手足を伸ばす。
少し背が伸びたかもしれない。
それでも、顔には幼さが少し残っている。

ルカは記録を少し、
過去の箱から読み出す。
怪盗アーカイブ、ミスター・フルフェイス、
記録の中の、異端な者。
彼らもまた、非日常の住人。
そして、ルカの日常にいる、タカハ。
彼が待っているから、ルカはここにとどめていられる。
そんな気がした。

非日常と日常。
交錯する中、過去の箱が触れ合って縁が生まれ、
それは延々と広がっていく。
膨大な縁。
膨大な記録。
その端っこのほうに、ルカがいる。

ルカは記録を過去の箱にしまう。
身体から生えている、
記録の箱。
箱の目を持っていないと見えない、
箱。

ルカの端末に着信。
ルカは即座にダウンロードする。
内容を読み取り、過去の箱に移す。
「ヤン、カラット、仕事」
カラットは、ばねのように起き上がり、
ヤンはジャケットを手にした。
「装備課に行ってから行くわ。ヤンは車を回して」
「了解」

過去の箱がいっぱいになれば、
人は死ぬという。
ルカはそう聞かされている。
ならば、いっぱいになるまで、生きてやろうじゃないか。
ルカは運命にけんかを売るような気分になった。

「ルカさん」
ヤンが隣を歩く。
「やっぱり楽しそうですよ」
怒られる前に、ヤンは車庫に向かっていった。
ルカはため息を一つだけつき、
装備課へと走っていった。

今年もこんな日々が続くのかもしれない。


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