箱物語(仮)31


いつもの仕事を終え、
ヤンの運転する車は、帰路についている。
ルカは助手席で物思いにふけり、
カラットは後部座席で寝ていた。

ルカは少し気になることがある。
2月になってから、微妙にだが、
落下の記録に触れる機会が多い。
怪盗アーカイブが裏で暗躍しているのだろうか。
記録は待機室の電子箱に入れているが、
落下の感覚の記録が、微妙に増えているのが、気になった。

車が信号で止まる。
「ルカさんは」
ヤンがおっとりした調子で話し出す。
ルカが顔を向ける。
「ルカさんは、恋をしたことありますか?」
ルカは不機嫌そうにして見せた。
眉間にしわを寄せて。
「あんまり不機嫌にならないでください」
「なんでもいいでしょ」
ルカは窓の外に視線を戻した。
「気になる記録が微妙に増えたんで、ちょっと」
「気になる記録?」
「落下の記録ですよ」
ヤンも同じことを考えていたらしい。
ルカは少し驚いた。

「それで、どうして恋?」
ルカは窓の外を見ている。
信号が変わり、車は走り出す。
運転しながら、ヤンは答える。
「安直ですけどね、恋に落ちるというじゃないですか」
「確かに言うわね」
「2月はバレンタインデーもありますしね」
「そんなのもあったわね」
ルカは心の中で苦笑い。
チョコレート作りに失敗して、めちゃめちゃになったのを思い出す。
タカハはそれでもおいしいと食べたが、
内心、チョコ作りで失敗するのなんて、
そうそういないだろうと、ルカは思う。
「恋に落ちる感覚を、縁を通してばら撒いているやつがいるかなとか」
ヤンは車を運転しながら、考えを述べる。
確かに過去の箱が触れ合えば、縁が生まれる。
恋に落ちる感覚を、縁を使ってばら撒く。
「ウイルスみたいね」
ルカはばっさり言い捨てた。
あるいは、甘い感覚を持っていることを、感づかせたくなかったのかもしれない。
ヤンは肩をすくめて、また、運転に集中した。

車は安全運転で、本部へと向かう。
後部座席のカラットが起きた。
「んー!よく寝た!」
「おめでたいのが起きたわね」
「おめでたいならそれでいいじゃないすか」
カラットは、上機嫌だ。
「いい夢見たんすよ」
「ふぅん」
「俺のもとにチョコレートがたくさん送られてくる夢!」
ルカは少しだけ、バランスを崩した。
「もう、世界の女の子が俺に恋しちゃって、恋に落ちるっての?モテモテ男は、つらいって夢っすよ」
ルカはカラットの夢を聞き流す。
チョコレートとか、恋に落ちるとかは、不機嫌のもとだ。
見なくても、ヤンが笑っているのがわかる。

チョコレートと恋に落ちて。
落下の感覚をばら撒いているのは、悪気はないらしいが、
チョコレートも満足に作れないルカは、
そっとため息をついた。


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