箱物語(仮)40


『耳親父を知っているかい?』
暗い部屋。ダイオードがあちこち、ちかちかしている部屋。
ゼロ番区の、ミスター・フルフェイスの部屋だ。
ルカは記録を落としに、この日ここを一人で訪れていた。
「知らないわね、新種の奇人?」
『まぁそんなところさ』
ミスター・フルフェイスが合成音声でしゃべる。
『全ての音を知り尽くした親父らしいさ』
「それで耳親父?」
『そうかもしれないさ』
「曖昧なのね」
『逢ったこと無いからね』
ズズッと雑音が入る。
やがて、回線が元に戻ったのか、
『記録落とせるようにしといたよ』
と、ミスター・フルフェイスから知らせが入った。

今回はルカが一人で仕事に当たる。
拳箱も停止銃もない。
過去の箱の開閉だけらしい。
ルカは自分の軽自動車に乗り込み、
エンジンをかける前に、じっと記録に浸る。
対象は老人らしい。
注意するべきは耳。
外見情報に、過去の箱情報。
過去の箱情報に、イメージでは大きく、
注意!耳!としている感じだ。
ルカは記録を洗うと、
エンジンをかけた。
一瞬音が聞こえなかった気がした。
ギアをドライブにする。
いつものように車は進んだ。

ルカは4番区を進む。
今回の過去の箱の反応を見る。
道行く人を箱の目で見ながら、
ルカはゆっくり車を進める。
おかしな感覚がする。
雑音が入ったり、音が途切れたりする。
ルカは気がつき始めている。
何かが干渉している。
ルカは路肩に車を止めた。
プレートを確認して、町に出る。
車のドアを閉めた音がしない。
町は無音になっている。
自分の鼓動すら聞こえない。
音が完全に途切れている。
ルカは瞬きをして、箱の目で辺りを見る。
いた。
耳から大きな箱を生やしている老人が。
ターゲット発見。
ルカは走り出す。

町の中なのに海のさざなみの音が聞こえる。
ざぁ…
音が町をゆがめている。
音に集中しては、箱の目がおかしくなる。
ルカは意識して目に集中した。
老人はすばやく波を抜けていく。
何らかのプレート無効や、敏捷性をあげるものが過去の箱に入っているらしい。
ざぁ…
ルカは音を無視した。
音が目を襲う。
瞬きも敵だ。
ルカは展開刀のダガーを構えた。
ターゲットをしとめよと。

町の中と海が幾度も交差して、
体力が続く限り老人は逃げた。
ルカも追う。
しとめるために。
そして、ルカは老人につめより、耳にダガーをつきたてた。
「展開」
ルカは宣言する。

ざぁ…

音が元に戻る。

老人はぼんやり中空を見ていた。
音は解放された。

「…海に行きたかった」
老人はつぶやいた。

音が開放された空間をルカは見る。
もう、町は海にならなかった。


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