箱物語(仮)45


『それであんたは来たわけか』
真っ暗の中、ダイオードがピカピカしている。
合成音声が、感情薄く答えている。
「パンドラの箱には秘密にしてください」
まじめそうな声が答える。
合成音声が、笑ったような声を出した。
『僕が秘密にしても、きっとルカは感づく』
「そうでしょうけれど」
『新人よぉ。パンドラの箱を甘く見るな』
「甘く見ていませんよ」
『上司を欺けても、あんた自身は欺けない』
まじめな声が沈黙する。
『それでも聞きたいことがあるんだろ』
「ミスター・フルフェイス」
『ツヅキって言ったな』
「はい」
『怪盗アーカイブが破滅に追い込んだ人間を調べろ、か』
「はい」
ツヅキは短く答える。
ミスター・フルフェイスが沈黙する。
『問いたいことが、ないわけじゃないがな』
「はい、ですがそれでも」
『あんたの事情もあるんだろう。少し調べてみるよ』
「はい」

真っ暗の中、ダイオードだけが点滅している。
ツヅキは立ち尽くす。
ルカが紹介してくれた、
ゼロ番区の情報屋。
ツヅキは一人で動こうと思っていた。
一人は身軽だ。
足かせになるものもいない。
足かせはいないのだ。
そう、いないのだ。

『おい』
ミスター・フルフェイスが声をかける。
真っ暗の中の合成音声。
方向も曖昧だ。
『あんたがどうして怪盗アーカイブを追ってるのかわかった』
ツヅキは沈黙する。
『前の職で相棒を失ったな』
「…はい」
『あんたの顔を覚えている記録があったよ』
「はい」
『あんたを見ながら、落ちていった。誰かの最期の記録だ』
ツヅキは思い出す。
底抜けに明るくて、いい加減だった相棒。
怪盗アーカイブに関わり、
怪盗アーカイブに心酔して、
何でもできると嘯いて、
記録を全てつぎ込んで、
そして、落下していった。
足かせでしかなかった相棒。
それでも、心を開ける大事な相棒だった。
「その記録に、感情はありましたか?」
『さぁな』
「そうですか…」
『僕にわかるのは、アーカイブに関わったもの特有の感情』
「感情?」
『落下にともなう解放』
「ああ…」
ツヅキはため息をもらす。
解放されたのか。
今まで足かせになっていたのは自分だったのか。
『勘違いしてるな、新人』
「はい?」
『誰も足かせになっちゃいないさ。そこを勘違いするな』
「…」
『って、ルカなら言うさ』
合成音声が笑った。
ツヅキは苦笑いをしてみた。
誰も見る人はいない。

『どうする?もう少しあんたがらみの記録を調べるかい?』
「いえ、いいです」
記録を入れすぎると死期が早まる。
そんなことを叩き込まれた。
「もう、大丈夫です」
『そうか、とりあえず代金はサービスにしとくよ』
「ありがとうございます」
ツヅキは見えないけれど礼をして、
真っ暗の部屋から外に出た。

誰も足かせになっていない。
そう思っていてくれるだろうか。
ツヅキは自分のほほをぴしゃっと叩いてみる。
「しゃきっとしろ!」
自分に言い聞かせ、ツヅキはゼロ番区をあとにした。


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