箱物語(仮)51


「けほけほ」
カラットが咳をする。
「大丈夫ですか?」
ツヅキがカラットを覗き込む。
「なんかぽんやりする」
「注射一本打たれればきっとよくなりますよ」
「注射やだー」
「仕事に支障をきたしてはいけません」
「後輩の癖に生意気だ…けほけほ」
カラットが再び咳き込み、
ツヅキはカラットの背中をさする。

手続きに向かっていたルカが戻ってくる。
「そう長くはかからないと思う」
カラットとツヅキの座っている長椅子に、ルカも座る。
「何とかは風邪ひかないんじゃないの?」
「げほげほ」
「早く復帰しなさいよね」
「わかってるけど注射はやだなぁ」
カラットが上気した頭を振る。
泣きそうに見えるのは、熱のためだけではないかもしれない。

「カラットさーん」
呼び声がかかる。
「上着脱いでください、注射します」
「…はい」
「ちょっとちくっとしますけど我慢してくださいねー」
カラットは無言になる。

ルカはその様子をチラッと見て、
不意に、何かの気配を感じて箱の目を使う。
どこかからにじんできている過去の箱。
(なんだ、これは)
今のルカは展開刀も持っていない。
仕事ではないので、プレートもつけていなければ、
装備品も持っていない。
どうしようもないが、感じたことは放っておけない。
「ツヅキ、カラットのことは任せるわ」
「何かありましたか?」
ツヅキは察しが早い。
「箱の目に引っかかったのがある。ちょっと見てくる」
「はい」
ルカはゆっくり病院の中を歩く。
箱の生えた人々。
多分大半が患者なんだろう。
年老いている人物では、過去の箱はパンパンになっているし、
何かしら病気があると、少しばかり過去の箱が歪むのかもしれない。
ルカの感じたにじんできている過去の箱は、
ナースセンターから来ていた。

(プレートつけてないから入るわけにも行かないけど…どうしようか)
ルカは立ち止まる。
箱の目は解除していないから、にじんだ過去の箱が見える。
もうすぐ破裂しそうなほどに膨らんでいる。
(まずいな…何か違法な記録入れている)
ルカは立ち止まる。
そして、箱の目で看護師を見る。
今出てきた看護師が、膨れてにじんだ過去の箱を持っている。
「あの」
ルカが声をかけた瞬間、待っていたかのように過去の箱は破裂した。
あふれる記録記録!
生きている証さえ破裂した過去の箱から出て行ってしまう。
この瞬間、人は死ぬ。
ルカは記録の波をもろにかぶる。
看護師が何かの悪事に手を染めたらしい記録を感じる。
患者のことを利用したものだとも。
患者の記録を利用して、自分の過去の箱に入れていた。
そんなことをさせるのは…
ルカは看護師の最期の記録を見る。
無限の闇への落下の記録。
ルカは感じる。
「怪盗アーカイブ…」
怪盗アーカイブが、狙ってルカの目の前で過去の箱を破裂させた気がした。

看護師は、倒れ、他の看護師が何事かとやってくる。
ルカはそっとその場を去った。
怪盗アーカイブが、
落ちる先で笑っているような気がした。


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