箱物語(仮)55


ある日の待機室。

ルカは電子箱に向かっていた。
大体平和なこの国。
大きく悪いことはないし、
それでもニュースになることもある。
大体平和なこの国。
死ぬの生きるのを悩む人だっている。
それでも、ルカたちの仕事が減るわけでもなく、
国の裏側で、ルカたちは違法記録を取り締まっている。
知る人が知ればいい。
知らない人は大体平和なこの環境を満喫すればいい。
ルカはそこまで思ってため息をつく。
まぁ、いいかぁと。

「あれ」
カラットが珍しく電子箱に向かっているらしい。
何か声を上げた。
「どうしました?」
カラットの席に程近い、ツヅキが声をかける。
「今の国のトップって誰だっけ?」
「首相ですか?」
「そういうんだっけ?」
「首相でしたら…」
ツヅキが有名な政治家の名前を挙げる。
カラットはうなずく。
その後、疑問顔になる。
「やばい、顔と名前が一致しない」
「そういうときのための電子箱ですよ」
「そうだそうだ検索検索」
カラットがキーをたたく。
ツヅキは席をすっと立つと、
カラットの電子箱を覗き込む。
「この人?」
「違いますね、イメージ検索で出ませんでしたか?」
「じゃあ、この人」
「その人は、元、です」
「げー!わかんねぇ!やべぇ!」
カラットが大きく髪をかき乱す。
ツヅキは困った顔をする。

「あ、電信ですよ」
覗き込んでいたツヅキが、カラットの電子箱のディスプレイを示す。
カラットは何度かクリックして電信を開く。
「ここの、今のトップはシジュウじゃないですか」
ヤンがそっとつぶやく。
「うん、そうだなぁ…うんうん」
カラットはうんうんとうなずく。
文庫本をいつものように読んでいたヤンが、おかしそうに笑う。
「ヤン、カラット先輩をおちょくらないでください」
あきれたようにツヅキがヤンに声をかける。
「気持ちはわかるんだけどね、シジュウがトップでいればいいってことだよ」
「そうだな、シジュウがトップでいればいいってことだな」
「カラット先輩も、そんなことに納得しないでください」
「いいじゃん。俺たちは所詮裏の道のものなのさ」
カラットは言ってから口笛をひゅうと吹く。
「表が何度変わったって、俺たちは裏なのさ」
カラットは訳知り顔になって見せる。
ツヅキはあきらめたようなあきれた顔をして、
ヤンはまた、小さな文庫本を読みにかかる。

ルカはやり取りを聞き終えた後、
ジャスミンティーをいれに立ち上がる。
今の表のトップは誰だっけ。
ルカも例に漏れず、すっかり忘れていた。


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