箱物語(仮)56


悪夢を見た。
順調に上っていた階段が、
ガラガラと落ちていく。
足場を失い落ちていく感覚。
ルカは手を伸ばす。
助けて!
おちたら、おちたら…

そこでルカは目を覚ます。
自分の息が荒いことを認識する。
隣でタカハが寝ている。
時刻は午前3時。
また寝るにはしんどい。
でも、寝ないとしんどい。
寝たらまた、落ちるかもしれない。
落ちたらよくない。
ルカには感覚がある。
過去の箱の記録、違法記録に細工する、
あいつ。
落ちる感覚を名刺代わりに使っているあいつ。
あいつが絡んでいる夢かもしれない。

怪盗アーカイブ。
落ちる果てにいるもの。

この小さな家にいるときくらいは、
仕事の事をあまり持ち出したくなかった。
ルカは最低限の記録で構成されたルカで、
それ以上でも以下でもなくて、
でも、それを誰が保障してくれるだろう。
電子箱にほとんどを置いてきたルカ。
ルカがちゃんとルカだということを、
どうやって証明すればよいのだろう。

ルカは急に不安になった。
叫びだしそうなくらい不安で、
涙が出そうなくらい悲しかった。
布団を手繰り寄せてもぐりこむ。
こわい、今そう感じている。
自分は一体どこにいくのだろう。
どこから来たんだろう。
昔の記録は必要ないと全部電子箱に入れた。
今のルカはどこから来た?

ふと、ルカの腕にぬくもり。
すぐ隣に寝ているタカハのものだろう。
「おきちゃったのか?」
タカハの寝ぼけた声。
「…うん」
「怖い夢見たのか?」
「…うん」
ルカは答える。
「大丈夫、いつも傍にいるよ」
ルカはそっと布団から顔を出して、
タカハのいるほうに頭を向ける。
寝ぼけながらも、タカハはにっこり笑った。
「おやすみ」
タカハは一言言うと、すーすーと眠りについた。

ルカは布団の中で、もぞもぞと手探りする。
タカハの手が置いてあるそこを見つけ、
姿勢をもぞもぞと整える。
ルカは手をつなぐ。
「ありがとう」
ルカはそっとつぶやくけれど、
肝心のタカハは眠っていて気がつかない。
ルカは安心しきった微笑を浮かべ、
あくびをひとつすると、
つかのまの眠りに落ちていった。

ルカがどこから来たとしても、
タカハは受け止めてくれる。
ルカがどこに行こうとしても、
タカハは隣にいる。
ルカの記録が全部なくなったとしても、
タカハを大切だと思うそれだけは譲れない。
譲らない。
絶対見落としたりしない。
どういうカテゴリに入れるのかは、わからないけれど、
ルカはこの感覚が大切だということを知っている。
夢の中、ルカは階段を上がる。
もう怖くない。


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