箱物語(仮)57


桜が葉桜に変わろうというころ。
記録追跡課の面々は、
ヤンの運転する車で、町で一仕事してきた。
違法記録を過去の箱に入れている、
ターゲットを無力化する。
今回のターゲットは二人だった。
男と女。
メンバーも二手に分かれた。
結果として、記録はちゃんと捕獲されたのだが、
その記録が膨大だった。
ターゲットの過去の箱はゆがんでいて、
一度展開させて、違法記録を捕獲しても、
その後、生きるのは長くないと思わせた。
本部に帰る途中ではあるが、
車の中はやりきれないような空気が重く立ち込めていた。

「ヤン」
助手席のルカが呼びかける。
「はい」
「今回捕獲した記録、どのくらい?」
「種類は20前後ありました。すべて違法、そして、容量が半端ないです」
「拳箱にはみんな入った?」
「それは大丈夫です、けど」
「けど?」
「過去の箱にこれを全部入れていたら、大変です」
「そうね」
ルカは外を見る。
景色が流れていく。
そろそろ葉桜。若葉の季節。

後部座席でカラットとツヅキが寝ている。
ツヅキの縛糸で捕獲された記録も多いという。
ルカは思う。
きっと同じくらいだと。

「思うの」
ルカはつぶやく。
「何でしょう」
「きっと、生きることは死にに行くことなのかもしれないなぁって」
「そうかもしれませんね」
「彼らは生き抜こうとしていたのかもしれない」
ルカは彼らという。
ターゲットになった男女。
本部に帰れば、電子箱に入って、過去の箱からなくなるもの。
帰るまでの間くらいは、
重い感傷に浸っていたい。

「きっと、愛していたのよ」
ルカは、言ってから自分らしくないなと感じる。
「記録でぼろぼろになるほど、愛していたのよ」
「らしくないですよ」
「そうかもね」
「もうすぐ本部に着きます」
外はルカも見慣れた道、
本部への道。
中庭の桜も葉桜になるだろうか。
そして、その枝をいっぱい、燃える太陽に向かって伸ばすのだろうか。
ルカは目を閉じてイメージする。
精一杯死ににいく、愛という現象。
この記録も、あの記録も、愛をつなげるために。
ルカはそんなイメージを持った。
ルカにはタカハがいるけれど、
ルカは、愛するということを、どうしたらいいのかわからない。
こんなことを考えるのは、
多分重い記録のせいだ。
ルカのとじた世界の中で、
重い記録がよどんでいる。
よどんだ中で、ターゲットの男女が沈んでいる。
お互いの境目がわからない。
抱き合って腕を回したそこから、つながっている。
つながり、とけた。

記録を捕獲してもしなくても、
彼らは長くなかった。
もうすぐ、本部につく。
感傷はそこまでと、ルカは決めていた。


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