箱物語(仮)59


初夏の色とりどりの世界が、
梅雨の曇り空に覆われる。
梅雨になっても、
おしゃれというものは、へこたれない。
さまざまの色のおしゃれな傘。
一本の傘にだって、おしゃれが詰め込まれている。
基本は女。たまに男かも。
らしいってことを貫くのは大変ねと、ルカはため息をついた。

ルカがいるのは、とあるおしゃれビルの、
とある喫茶店。
今日は連れがいる。
おしゃれにトンと縁のない、タカハだ。
ルカも人のことは言えない。
最低限の化粧、そのくらいだ。
明らかに周りから浮いている。
タカハは悲しくならないだろうかと思っていたら、
タカハはニコニコと甘いコーヒーを飲んでいる。

たまたまオフみたいな夕方。
ルカはタカハと一緒に、おしゃれな店を見るという暴挙に出た。
「オフくらいゆっくりしたら?」
と、タカハは言う。
「女ってのは、おしゃれするものよ」
今日のルカは引かない。
タカハは首を傾げつつ、
あらゆるおしゃれに付き合った。
服、靴、化粧品、アクセサリーまで。
ルカは意地になっていた。
きれいにならなきゃ、今日くらいは。
そして、ルカとタカハは、服を何着かと、化粧品を最低限。
それだけ買って、喫茶店にいる。

ルカはじっと、外のおしゃれな傘を見ている。
あんなふうになれたら、と、思う。
「…あたしだって女なのに」
ルカはつぶやいた。
「何でセンスないのかな」
自嘲。
仕事をしているときは、迷いがない、
そんなルカの自嘲。
おしゃれがない。
普通じゃない。
箱の目を持っているのは特定の者。
だからルカは仕事をする。
仕事をしていて、捨ててきたものがある。
捨ててきたそれが、とても輝いて見える。
今日のような日は、特に。

「ルカはおしゃれしたい?」
タカハが問いかける。
「わからない」
ルカは答える。
おしゃれは、とてもきれいだと思う。
あんなふうになるには、
もう、ずいぶん離れすぎてしまったと思う。
今日のような日はジャスミンティーを飲みたくない。
飲みたくないけれど、
口さびしい。

おしゃれな人は、ここで何を頼むんだろう。
コーヒーだろうか、紅茶だろうか。
ルカはそれもわからない。
「すみませーん」
タカハが店員を呼ぶ。
「注文いいですか?」
「はい。ご注文どうぞ」
「カフェオレと、クリームリキュールココア」
「かしこまりました」
そのあと店員は復唱して、戻っていく。
「クリームリキュールココア?」
「うん、ルカが好きそうだと思って」
「飲んだことない…」
「そこからおしゃれになってもいいよ」
タカハは微笑む。
「そして、二人が出会った日に乾杯ってするんだ」
「…覚えてたんだ」
「だからおしゃれが気になってたんだ」
「…うん」
隠すことは何もなかった。
タカハはしっかりわかっていた。

「お待たせいたしました」
カフェオレとクリームリキュールココアで。
乾杯をしようじゃないか。

ルカのおしゃれ記念日にも、乾杯。


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