箱物語(仮)60


思えば嫌な子どもだったと、
ツヅキは回想する。

季節は夏になるところ。
子どもがはしゃぐ、水と日差しの季節。
ツヅキはそんな季節が大嫌いだった。
正確に言えば、大嫌いな子どもだった。
はしゃぐというのが嫌いで、
羽目をはずすというのが嫌いで、
子どもじみたものは何もかもが嫌いだった。

同年代の子どもからは、明らかに浮いていただろう。
水ではしゃぐこともなく、
ただ静かにツヅキは見ていた。
何かの反応。
誰にもある、何かしらの反応。
あれは一体何なのだろう。

「みんな楽しそうね」
子どものツヅキの隣で、
白い少女が微笑む。
彼女も反応を持っている。
けれど、ほかの反応とは違う。
何か、苦しそうな反応だと感じた。
「楽しそう、ですか」
「そうよ、夏は一瞬だもの、楽しまなくちゃ」
「そんな一瞬ならいりません」
ツヅキは答える。
少女は苦笑いをした。

「縛られるのが嫌?」
少女はツヅキに尋ねる。
「何もかもが窮屈です」
ツヅキは答える。
「あなたもそう感じるのね」
ツヅキははじかれたように少女を見る。
「過去はあなたの中で記録になる」
「記録」
「記録がいっぱいになると、人は死ぬ」
それはツヅキがはじめて聞くもの。
少女は続ける。
「過去を、今を、未来を、つなぐのは記録でしかない」
ツヅキはイメージする。
糸が張られ、ツヅキを絡めて散らばるような。
つながっているんだ。
このまぶしい季節も、
嫌なものもすべて、
記録になって未来へと蓄積されていく。
「解放されたいな」
少女はつぶやいた。
「落下して、無になりたい」
ツヅキは糸のイメージから引き戻される。
少女は変わらぬ笑みを浮かべていた。

少女が倒れたのは、それから数日後で、
まもなく亡くなった。

ツヅキは今になって思う。
彼女は過去の箱がいっぱいになったのだと。
あるいは、と、思う。
落下して無になったのかもしれないと。

あの時持ったイメージのままに、
ツヅキは縛糸を振るっている。
記録を覗き、違法な記録を捕獲したりしている。
濃い灰色のスーツは、夏には暑い。
チームパンドラの箱・記録追跡課。
それがツヅキの今の居場所。
ほかの誰よりも折り目正しい性格になったのは、皮肉かもしれない。
窮屈な少年の頃に見た、あの季節。
気まぐれが見せた、
少女の微笑。

「ツヅキー」
先輩で間延びした呼び方をするのは、
カラットだ。
「その格好暑くねぇ?」
ツヅキは微笑む。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、です」
「うへぇ」
カラットは露骨に嫌そうな顔をする。
ツヅキの過去の箱に、少しだけ反応。
落下の果てにいるもの。
昔の相棒、
そして、少女の自由落下。
この人たちは大丈夫。
落ちていかない。

「仕事よ」
ルカが号令を下す。
メンバーはいつものように走り出した。


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