箱物語(仮)62


ルカは男を追っている。
違法記録の反応が見えるからだ。
いつものこと、
いつもの仕事だ。

男の過去の箱は、
他の違法記録持ちがそうであるように、
膨大な記録でパンパンになっている。
一度こうなったら、
もう、止まらないことはわかっている。
それでもルカは違法記録を追う。
過去の箱を見て、追う。

箱の目。
一体何人が、
この過去の箱のことをわかってくれるだろう。

男の過去の箱がうごめいた気がした。
何かしでかすつもりか。
ルカは展開刀を構える。
ルカの後ろでヤンが待機しているのを感じる。
そして、何かよくない気配も感じる。

一般人から見えないように、
プレートをつけている彼ら。
ここは町の中だ。
何もおきていない町の中、
静かに男の過去の箱がうごめいている。

「あらわれよ、ねこがみ」
瞬間、暴発。
男の過去の箱から、
猫の姿をした、まがまがしいもの。
ルカは瞬時に理解する。
違法記録を食って膨れた、
よくないものだと。

猫神はルカたちのほうに向かい、威嚇をする。
ルカは展開刀を構える。
ヤンの拳箱も容量はあるが、
こいつを捕らえるほど、大きな容量はないはずだ。
ならば、ここで断つしかない。
「ルカさん」
「あたしが行くわ。サポートお願い」
「わかりました」

ルカは銀色の端末を片手でいじる。
能力記録のダウンロード。
やりたくないが、仮にも猫神。
感覚が間違っていなければ、
こいつはやばい。

ルカは跳躍する。
上から、猫神を襲う。
猫神は牙をむく。
猫神は前足でルカを襲う。
ルカは展開刀でその爪を防ぐ。
反動でくるりと宙返りして、距離を置く。
ふだんのルカならできないこと。
呼吸をするように、こんな戦い方をすること。

ルカはじりっと猫神による。
ヤンは男のなきがらを回収したらしい。
猫神とルカが、にらみ合っている。
ルカは猫神の目に当たる部分に、深淵を見る。
嫌な予感がする。

「おいで」

深淵が誘っている。
果てしなく続く落下。
ルカはそのイメージを知っている。

「ルカさん!」
ヤンが遠くで呼びかけている。

「おいで」
猫神の声なのか、あいつの声なのか。
誘っている。
深淵に。

ルカは一歩を踏み出そうとする。

「いけませんよ」
聞きなれた上司の、シジュウの声がする。
猫神はシジュウの魔術箱に取り込まれた。
本当に、一瞬で。
シジュウ本体の姿は見えないが、
シジュウがその気になれば、どこまでもシジュウの領域だ。

ルカは立ち尽くした。
「端末使うなんて、あなたらしくもない。そんなに怖かったのですか?」
シジュウの声が聞こえる。
「多分」
ルカはそれだけようやく口にできた。


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