箱物語(仮)64


ゼロ番区。
うちすてられた区画。
区画整備もされていない、
何もかもがごみごみと混じっている区域。
治安はよくなく、
それでもそこに暮らす人がいる。
区民になれなかったもの。
認められなかったもの。
そして、違法すれすれのもの。

神経探偵スパークは、
そのゼロ番区を歩いていた。
あどけない少年だ。
彼は、その気になれば、過去の箱ではなく、
神経自体を焼き切るという。
犬も近寄らない。
住民も何かを感じて近寄らない。
もともとゼロ番区の住民が寄っていくのはあまりない。
神経探偵は、影から覗かれているのを感じながら、
ふらふらとある場所にやってきた。

扉を開けると、そこはダイオードが明滅する空間。
相変わらずのその空間。
後ろ手で扉を閉める。
ダイオードだけが光る、闇になる。
『やあ』
合成音声が響く。
「やあ、ミスター・フルフェイス」
神経探偵が、合成音声に似た声で話す。
『そっちで呼ぶってことは、何かあったのかい?』
「いや、情報をちょっと仕入れに、ね」
暗闇の中、会話がなされる。

『情報?』
「紅烏を知っているかい?」
『紅烏、べにからす。彩りをするものだね』
「そう、いろどるんだ。記録を彩ると聞いているんだけど」
『時々紅烏印の記録が混じるよ』
「そっちもそうなのか」
暗闇の中、混じりあう二つの声。
どっちがどっちだか、判別がしづらい。
ダイオードだけがちかちか光っている。

『紅烏は何者なんだい?』
「女性じゃないかと思うよ」
『やっぱり彩るからかい?』
「神経がそんな風だと思っている」
『紅烏に神経探偵の仕事でも?』
「そんなところ。鍵はあるかな」
『ミスター・フルフェイスをなめないで欲しいな』
やがて、ミスター・フルフェイスの店に、明かりがともる。
電子箱の山が照らされる。
その地下にも山ほど電子箱があるという。
そこで明滅する明かり。
天井から下がっている電灯ひとつ。
中心にマンホールらしいもの。
そのそばに、神経探偵はたたずんでいる。

「僕らは陰と陽に分かれちゃったね」
神経探偵はつぶやく。
『あるいは紅烏なら、彩ってくれるよ』
「別々のほうがいいこともあるよ」

混じりあうのではないかと思われた、深い闇。
電子の胎児のような記録。

神経探偵は用件を済ませ、
ふらふらとゼロ番区をあとにした。
ただひとりの兄弟を残して。


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