箱物語(仮)69
記録に残らない言葉は、
最後にどこに行くのだろうかとルカは思う。
何度も書き、
間違いに気がついては消し。
また消し、何度も痕跡が残らないように消し。
どこがこんなことを考えたかわからないほど、
入念に消し。
見えなくなった言葉は、どこに消えてしまうのだろう。
それはどこかに今も潜んでいるのではないか。
過去の箱に記録として残らないおばけのような言葉。
あったことになってはいけない、間違いの言葉。
それらは静かに埋めておかないといけない。
記録されてはいけない。
存在してはいけない。
ルカは電子箱を見ながら作業をする。
なかったことに、なかったことに。
間違いを消す作業がここ数日続いている。
記録に残してはいけないこと。
ひとつ直すと間違いがいくつも出てくるのはなぜだろう。
ルカの中で、
亡者か何かのように言葉が歩き出すのを感じる。
いやだ、怖いと思う。
この言葉はないもの。
なかったことにしなければいけないもの。
言葉の墓場に埋めなければいけないもの。
ただ…
ルカの作業の手が止まる。
記録を捕獲するように、
すべてをなかったことにできたら、どんなに楽だろう。
記録されないものは、
消されてしまったものは、
記録すらされないから捕まえることはできない。
おばけだ。
ルカはそんなことを思った。
おばけは死なないと誰かが言ってなかったか。
ルカのイメージで、おばけの形が少しユーモラスになったのを感じる。
ルカの内側にユーモラスなもの。
過去の箱から消えてしまった、
記録に残らないもの。
どこにもいないルカ。
気の持ちよう。
ルカはため息をついた。
おばけは昼は寝ているんだっけ。
で、夜に運動会だっけ。
のんきなもの。
怖くない。
ルカは伸びをする。
ルカの言葉はルカだけが内側に宿している。
記録に残らない、ルカのおばけ。
言葉の墓場で、今夜も言葉が運動会かもしれない。
ルカはちょっとだけ微笑んだ。