箱物語(仮)70


カラスが何色であっても。
ルカはふとそんなことを思った。
どこかで保存し忘れの記録がくすぐってきたのか、
なぜかふと、カラスの色が気になった。
そしてなぜか、金色か、紅色を思い浮かべる。
数秒間をおいて、黒。
ありきたりの色を思い浮かべるのに、ずいぶん時間を要した気がする。

いつもの仕事を終えた帰り。
ヤンの運転する車は、ルカとカラットとツヅキも乗せて、
安全運転でいつものように。
カラットとツヅキは後ろで寝ている。
ルカは流れる景色を見ている。
ありきたりの景色。
まだプレートをつけているから、ルカはいないことになっている。
いないはずのルカ。
いないはずの、金色や紅色のカラス。

あるいは、特別な人にはそんな風に見えるのだろうか。
金色のカラスや紅色のカラスも、
特別な人なら見えるのだろうか。
いないはずのルカでも見えるのだろうか。
誰にも見えない、いないことになっている、
ルカでもそのカラスを見ることができるだろうか。

「金色のカラス」
ルカはぼそっとつぶやく。
ヤンは信号で丁寧に停まると、不思議そうにルカを見た。
「神話ですか?」
「そうなの?」
「金色のカラスは正しい導きをするとかどうとか」
信号が変わり、ヤンは車を発進させる。
「じゃあ、紅色のカラスは?」
ルカはたずねてみる。
この余計な記録をよくいれているヤンなら、あるいはと思って。
ヤンはちょっとだけ考えるようにしたあと、
「俺にはわかりません」
「そう」
「シジュウさんが何か言ってたような気がするんですけど」
「シジュウが?」
意外なところから意外な人物。
「紅カラスって言う記録のしるし…みたいなものっていってたかな」
「記録のしるし…」
それは特別なものだろうか。
紅烏。それはどんな記録のしるしなのだろう。

ルカは、窓の外をぼんやりと眺める。
ヤンは安全運転だし、
後ろの二人は熟睡している。

不意に、光る鳥をルカは見た。
ルカが驚きに目を見開くと、
そこには残飯をあさろうとカラスが降りてきたところ。
光の加減。その程度のものかもしれない。

でも、と、ルカは思う。
その一瞬の記録に人は奇跡を見出したのかもしれない。
いないことになっているルカは、
いないことになっているカラスに思いをはせる。
ルカはうとうとと眠りに落ちようとする。
金色のカラスを指し示す、紅色のカラスは、彩り鮮やかな女性だった。


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