箱物語(仮)76


気まずいなとヤンはそのとき思った。
相手もそう思ったに違いない。
なんとなく休暇を取ったその日に、
同じ日に休暇を取っていた、ツヅキに会ってしまったのは、
なんというか、なんだか気まずいなとお互い思ったようだ。

ヤンは、どこかおろおろしているツヅキを、
少々かわいそうにも思う。
「なんですし、お茶でもどうですか」
主語が抜けたそれをツヅキは拾って、ヤンについていく。
お互い冴えない格好しているなぁと、
いまさらヤンは思うけれども、
多分カラットも似たようなものだ。
シジュウにいたっては、センスが時々わからないことがあるけれども。
ルカさんは…センスを問うと後が怖くなるからやめよう。

ヤンはひとまずコーヒーを出す店に行く。
ツヅキの好みがあればいいと思っての選択だ。
幸い、甘いココアがあり、ツヅキは喜んでそれを注文する。
さすがにジャスミン茶はないかとヤンは思って、
ミルクたっぷりの紅茶を注文する。
男二人でコーヒーの店で外道を注文していないかと、
思わないでもないが、好みばかりはしょうがない。

ツヅキはココアをうまそうにすする。
ツヅキの外見は怜悧な印象すら与えるが、
甘いものが結構好きな一面は、ちょっとギャップだ。
ヤンは紅茶をすすろうとして、熱すぎるのに閉口する。
コーヒー屋の嫌がらせか、そうでないのだろうが、どうにも困る。
ヤンは、クマのように大きな身体を小さくして、
紅茶をふぅふぅと冷ます。
ツヅキが少し笑った。
ヤンはちょっと苦笑いする。

「それで、先輩は何を?」
「文庫本探してた。ツヅキ君は?」
「散策です」
冴えない格好をした男二人が、
ぼんやりととりとめもない会話をしている。
誰も過去の箱など知らないところで、
彼らはそれなりにヒーローなのだけど、
ヒーローの彼らを知っているものはごく少数だ。

ツヅキは、ふと、外に目を向ける。
当たり前の町が広がっている。
「ルカ先輩には、この町がどんな風に見えているんでしょうか」
ツヅキが問うそれもわかっているが、
「わからないよ。俺には箱の目がないからね」
ヤンはそう返すことにした。
言葉が途切れるのを不思議がられないように、
熱い紅茶を口にして、ごまかすことにした。


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