箱物語(仮)77


あなたの感覚は開いていますか。
ルカはそんなことを不意に思った。
感覚は記録をとるための器官。
過去の箱は記録を残すための装置。
とりあえず、感覚。
それが開いているか。
閉じていたらどんな感じになるのだろう。

記録されない雑多な感じ。
感覚はそれも取り込んでいるかなとルカは思う。
たとえば、
雑踏を行く一人一人の顔や、細かい広告までは記録していない。
たとえば、
町に流れる一つ一つの音まで記録してはいない。
そういうこと。

ルカはなんとなく考える。
脳は記録すべきものを高速で処理していて、
精度はあまりよくないかもしれないけれど、
それが生きているってことなのかもしれないなと。
機械でないことは、雑多なノイズの記録が入ること。
ノイズの記録は、感覚が開いていないと記録まで届かない。
そしてなにより。
ノイズは出している元があり、
そことのささやかな縁を作っている。
誰かの鼻歌。
誰かの笑い声。
いいことばかりとは限らないノイズ。
開いた感覚はそれも記録している。

常に感覚開いていけとはいえない。
それはずいぶん疲れることだ。
ルカにとっては、過去の箱がいたずらに膨れるだけにも思われる。
でも、そういうノイズの記録。
誰かの何かを拾う感覚。
そういう雑多な縁も含めて、人は成り立っているはず。
聞こえる何か。
見える何か。
感じる何か。

もしかしたら、次の瞬間誰かが死んでいて、
感じ取ったノイズのどれかが、
その誰かの形見になるかもしれない。
あの時感じ取った何かが、たとえば心地よくて、
記録に率先して残したいような、
そういう何かを残してくれた存在が、
縁をたどった果てにもういない可能性。

ルカだって町に出ればノイズの一部に過ぎない。
誰かの感覚に引っかかりにくい、
仕事になれば本当に誰の目にも留まらない、
そういう影の薄い存在ではある。
それでも、誰かのためになると信じて過去の箱の記録を追うし、
誰かの助け無しにはルカが成り立たないことも知っている。

誰か。
見ているけれどわからない誰かかもしれない。
見知らぬ誰かかもしれない。
誰かが生きていることが、誰かを助ける。
逆もあるかもしれないけれど、
ルカは助けるために生きたいなと思った。


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