箱物語(仮)83
逃げる。逃げる。
シジュウはそんなことを感じた。
シジュウはちょっと外出している。
私服にビニール傘。
何かを待っているわけでもないが、ぼんやり雨の中にいる。
逃げる。逃げる。
雨がそう思わせるのか。
傘から恥ずかしそうに落ちていく雨は、
確かに逃げる感じがないわけでもない。
次々逃げていく。
あるいは。
傘からかすかに見える、
箱の生えた町行く人々か。
シジュウの領域に全て入っていることがわかれば、
過去の箱のことを知らないものも、
気持ち悪がって逃げるのではないか。
逃げろ逃げろ。
みんな逃げてしまえ。
これからの季節の熱病のような、
逃げ水のようにみんな逃げてしまえ。
雨は降り続く。
シジュウは立ち尽くす。
逃げるわけでなく、みんなシジュウのことなんて気にも留めないで、
それぞれの行きたい方向に歩いている。
傘がたくさんあっちにこっちに。
水が流れるように、みんな逃げられれば逃げたいのかもしれない。
シジュウはそんなことを思う。
シジュウの領域に入った人々の過去の箱をこじ開けて、
全て暴けばわかること。
けれど、そんなことをして何の得になるというのだ。
逃げる。
逃げる。
真実を知ることから逃げているのか。
「逃げてるんですね」
シジュウはつぶやく。
何もかもから逃げたくなっているのは、誰だろう。
雨が静かに降る。
雨は逃げる。
夏の逃げ水も逃げる。
何も捕まえられないのかなと、
シジュウは一人、思う。