箱物語(仮)88


いつまでも。
それを幸福ととるのか。
いつまでも。
それを恐怖ととるのか。

いつもの待機室、ルカの席。
電子箱のそばに、小さな箱がひとつ。
それは、昨晩タカハにもらったもの。
中身は指輪だ。
「何も約束できないけれど」
タカハは言った。
「ずっと一緒、それだけと思って」
ルカはタカハの差し出した小箱を受け取り、
それ以来少しぼんやりしている。

ずっと、いつまでも、ふつうに。
それはとても幸せなことなんだろうか。
記録を追いかけることもなく、
記録に恐怖することもなく。
普通に生きることは、幸せなんだろうか。
ルカは取り留めなく考える。
いつまでも。
タカハの笑顔とともに、いつまでも。
この小箱の中の指輪をはめて、しあわせに、いつまでも。

ルカは小箱を手際悪く開ける。
まるで、箱を開けることをためらっているかのように。
ようやく出てきた指輪を、
左の薬指につけようとして、
サイズがぜんぜん合わないことに気がつく。

ルカは声を殺して笑う。
あのタカハが、指のサイズまで知っているわけがない。
そうだ、あれはとても普通の気が利かない男だから、
普通の男だから、
永遠なんて語れない。
ずっといつまでもなんて、
宝石のような言葉を語れない。
輝いてなくていい。
何も約束できない。それでいいんだ。

ルカはサイズの合わない指輪を丁寧にしまう。
なんだか、普通に生きるということが、
ルカにとってサイズの合わないことなんだと、
暗示か何かしているような気がした。
それならそれでかまわないとルカは思う。

ルカはルカらしく生きるしかない。
それしか出来ない程度には不器用だし、
ルカなりに大事なものはわかっているはず。

小箱を片隅において、
ルカはまた電子箱の作業にかかる。


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