箱物語(仮)91


チョコレートにまつわる胸の痛み、
などということを、カラットはなんとなく連想して思う。
目の前にあるのは、自分で買ってきたチョコレート。
この時期、どこにいっても、
女の子がチョコレートを買いにいっぱいで、
冬季限定なんかの、それなりにうまいチョコレートを買うのは、
なんとなく、視線がいたい。

カラットは、チョコレートを一口かじる。
甘くうまい。
そして、さっきの連想をもう一度思い出す。
「胸の痛みなぁ…」
カラットは、痛みが好きではない。
痛みや苦しみが美徳とされることを、好きでない節もある。
すすんで痛みや苦しみを引き受けましょうというのが、
カラットになじまないのかもしれない。
でも、だ。
チョコレートの季節の、甘美な胸の痛み。
女の子達が焦がれるもの。
そういうのは、理解できないけれど、
理解できないなりに、彼女達が、色づくための何かなのかなとは思う。

チョコレートをもう一口。
苦痛と快楽と。
苦味と甘さと。
そういうことを抜きにしても、チョコレートはうまい。
恋に恋する女の子達が、
甘いものに群がる蝶々みたいな気がして、
ああ、この季節越えたら春が来るんだっけとカラットは思う。

春はいろんな形でやってくる。
カラットにとって、春はひとつの季節に過ぎないけれど、
人にとっては、生涯忘れられない季節になるのかもしれない。
誰かにとって特別な記録。
過去の箱にしまわれる、特別な記録。

痛みも苦しみも、快楽も。
全部記録にしているのがカラットたちの仕事。
でも、痛みも苦しみも、すすんでなれとは言わないけれど、
けれど、痛みや苦しみを、得た経験から分けることは出来ない。
恋に破れても、恋に焦がれても、
胸の痛みも、全部まとめて恋なんだろうな。
カラットはそう思う。

「あーあ。女の子からのチョコが欲しいなー」
カラットはわざとらしくつぶやく。
ルカ先輩は女らしいと言うのはちょっと遠く、
他にはそういうメンバーはいないし。

恋は、時間が過ぎるから、
熟成されて複雑になる。
停止銃で停止しても、きれいな恋は描けない。
俺も成長しないなぁと、カラットは、なんとなく思う。

チョコレートを一口。
やっぱり、あまい。


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